馬鹿話短編集銘板

写真の中の少女

 親しい友人からその相談を受けたのは五年前の秋だった。
 彼はカメラマンを職業としていた。実家は写真館だったので家業を継いだ形である。これも親繋がりの縁で馴染みの結婚式場のカメラマンとして活躍していた。地元では二人で組んでけっこうヤンチャなこともやったが、卒業とともにオレが東京に出てきて以来、仲は疎遠になっていた。
 そんな彼から相談に乗って欲しいとのメールが来た。直接会わないと言えないようなことらしい。かなり深刻な様子だったので、久々の親孝行も兼ねて故郷に里帰りした。それがその年の末のことだ。
 大学を卒業して数年経つが、古い友人に会うというのは良いものだ。二人して居酒屋に殴り込み、したたかに飲んだ。
 ひどく酔う直前になってようやく、彼は相談とやらを打ち明け始めた。
「信じてくれないとは思うのだけど」
 彼はカバンから一枚の写真を抜き出した。
 写真自体は少し古びている。数年前に撮ったものと思えた。
 そこには一人の少女がはにかんだ表情で写っていた。白を基調とした背景に、椅子が一つ。その椅子の背に手をかけて、可愛らしい少女が微笑んでこちらを見ている。そんな写真だった。
「可愛い娘だな」オレは感想を漏らした。「で、この写真が何だって?」
「心霊写真なんだ。その写真」
 オレはもう一度写真を見た。少女しか映っていない。その子の肩や腰の辺りを見ても、余分な手や足がそこにあるわけではない。背景の壁にも人の顔が浮き出ているわけでもない。
 オレの目に浮かんだ疑問の色に彼は答えた。
「その女の子、そこにいるはずが無いんだ。そこは家族の記念写真なんかを撮るためのスタジオでな、露出調整のために椅子だけ置いて試し撮りしたんだよ」
 するといないはずの女の子が写った。そういうことか。だとすれば本当に心霊写真だ。一瞬からかわれているのかと思ったが、こいつはその手の冗談をやる男ではない。
「それだけじゃないんだ」
 彼はもう一枚の写真を取り出した。
 今度は戸外の写真だ。山の上らしい。手すりが設置された崖の上に彼が立っている。そしてその横に同じ少女が立っている。ごく自然な写真だ。今度は女の子は短袖にGパンだ。
「これも居ないはずの女の子か」
 彼は頷くと、カバンの口を大きく開けた。
「これが全部そうだ」
 カバンの中には無数の写真が入っていた。大判のものもあるし、ネガだけのものもあった。その全てに同じ女の子が映っていた。オレは呆れてそれらを眺めていた。
「これは質の悪い冗談じゃないだろうな?」
 そういうことをする男では無かったはずだが、長い年月の間に人は変わる。そう思い、念のために尋ねてみた。もっとも、女の子の服装はどれも違うし、ポーズも異なる。これがイタズラだとしても大変な労力が必要だっただろう。
「誓って言うが本当の話だ。この子は存在しない。写真の中以外には。それを証明してみせよう」
 彼はポラロイドカメラを取り出した。今では珍しくなったが、撮ったその場で写真が出てくるやつだ。最近ではインスタントカメラとか呼び名が変わっている。
「スマホでも撮れるがそれだとイタズラの疑いが晴れないだろ。これで俺を撮ってくれ」
 まさかという気持ちと、もし本当だったらという気持ちが交差した。オレはシャッターを切った。
 絵が浮かび上がるまでの時間が待ち遠しかった。
 写真の中央に彼が映っていた。そしてその隣に彼女が。居酒屋のテーブルの前でお箸を持って、彼の横で微笑んでいる。もちろん、ここには彼女はいない。オレは空中を手で探った。うん、やはり何も無い。
 怪奇現象だ。
 オレはその場で何枚か自分を写し、それから再び彼を撮った。オレの写った写真には何も無し。彼の写真には彼女が写り込んでいる。それぞれ違ったポーズで。
 そしてオレはあることに気がついた。
 友人は頷いた。
「そのとおり。前より成長しているんだ。彼女は」
 彼は古い写真と今撮ったばかりの写真を並べてみせた。たしかに成長している。最初の写真は女の子だが、今の写真の彼女は大人になりかけで、しかも一段と綺麗になっている。テレビに出ているアイドルと言っても通用するほどだ。
「確かに心霊写真だ。でもこれをオレに相談してどうなるんだ?」
「どうこうしようと言うわけじゃないんだ。今の所、俺が写っている写真に一緒に写るだけなんだから。でもどうしても誰かに話しておきたくてな。こんなことお前以外の誰にも相談できない」
 実害はない。彼はそう言った。
 どのみち、オレに何ができるわけでもないので、それ以上その話題には触れず、その夜はただ強かに飲んだ。

 一年ほど経って、彼から手紙が届いた。中には近況を報せる文と、写真が数枚入っていた。
 それを見てやはりと思った。写真に写っていたのは彼女だった。彼女はさらに成長し、さらに綺麗になっていた。
 どうやら俺は恋に落ちてしまった、と手紙には書かれていた。
 写真の中にのみ現れる幽霊の女性に恋をするだって?
 今までそんな話は聞いたこともない。思い入れの強いやつだから少し心配だ。一度神社でお祓いを受けたらどうだ、と返しておいたが、実のところ手遅れのような気もした。
 それからは一ヶ月毎に手紙が来るようになった。
 募る恋心が抑えきれないと書かれていた。そしてそれと一緒に必ず彼女が写った写真も入っていた。
 写真の中の彼女はさらに美しく艶やかになっていった。なんというか見えない輝きが付加されているのだ。それも段々と強くなっていく。まるで、あいつの思いを吸収して輝きを増しているような、そんな考えにオレは囚われた。
 最初に彼女のことを聞いてからちょうど二年が経過した頃、オレは再び故郷に帰った。
 帰ると真っ先に彼の様子を見に行った。

 彼は入院していた。
 ベッドの上でやせ細った彼は、幸せそうに笑っていた。自分のすぐ横の何も無い空間を見つめ、静かに、幸せそうに、微笑みを浮かべて、力なく横たわっていた。
 彼の父親が悲しみを湛えた顔で、隣に立っていた。オレは挨拶して、これまでの経緯を彼の父親に説明しようとしたが遮られた。彼の父親は慣れた手つきでポラロイドカメラを扱うと、ベッドに横たわる彼の写真を撮った。
 そこには微笑みながら横たわる彼と、彼の手をとって同じく微笑んでいる彼女の姿が写っていた。
「いろいろ試してみたが駄目なんだ」
 父親は悲しそうに言った。

 しばらくして彼の訃報が届いた。
 残念ながら連絡があったときには会社の重要な出張に駆り出されていたので、葬儀には出席できなかった。
 葬式の遺影には苦労したらしい。生前の写真にはどれも彼女が写っていたため、パソコン処理で彼だけを切り抜いて遺影を作るのだが、そこにも彼女が写り込むのだ。最後は遺影の片側を偶然に見せかけて花束で隠すということをして乗り切ったと聞いた。


 だが、それで終わりでは無かった。

 彼からの手紙が届いたのだ。
 誰が投函しているのかは判らない。だが消印まで正しくついた手紙が数ヶ月に一度、送られてくるようになった。送り元の住所はどことも知れぬものだったが。手紙の中にはいつも写真が一枚だけ入っている。彼と彼女の写真だ。彼は生前そうであったような健康な姿で写っている。彼女もそうだ。
 遊園地で遊ぶ二人。
 レストランで食事している二人。
 海辺を散策する二人。
 仲睦まじく幸せそうな二人。
 やがて、ある日、一際大きな封書が送られてきた。開けてみると中から、結婚式の写真が出て来た。ただし、写真には彼ら以外の人間は誰も写っていない。がらんとした暗い結婚式場の中に、ウェディング姿の彼女と、タキシードを一部の隙も無く着込んだ彼の姿。異様で、空虚で、そして華やかさが同居した奇妙な写真だった。
 次の写真には、お腹が大きな彼女の姿。
 そしてついに子供の写真が送られて来た。
 赤ん坊を抱いた新婚家庭の姿。

 幽霊である彼らは写真の中で人生を送っている。幽霊のまま成長し、幽霊のまま子を産み、幽霊のまま家庭を作る。

 その後も写真の中の家族の数は増えていった。ついには大家族の誕生だ。
 最初の赤ん坊は驚くほどの速さで成長し、今では可愛らしい少女に成長している。どことなく父親と母親の顔立ちが見て取れる。

 この頃から、彼らの写真を大きなアルバムに整理するようになった。題名はそうだな『楽しい心霊写真一家』。確かに笑えないな。

 次の写真はある意味衝撃だった。
 もはや友人一家は写っていない。あの少女だけが微笑みを浮かべて写っている。その意味は最初は判らなかった。
 写真が来るたびに少女は恐ろしい速度で成長し、美しくなっていく。
 これは友人が陥っていたのと同じ状態だと、ようやく気がついた。彼らの正体が幽霊なのか妖怪なのかは知らないが、こうして彼らは増え広がっていくのだ。
 そうして私は、手持ちの写真すべてをアルバムと共に焼き払った。

 だが、もう遅い。
 私は写真の少女に恋をしてしまっていることに気が付いた。朝も昼も夜も彼女の姿を探し求めている自分がここに居る。その思いは日増しに強くなっていく。
 友人の幸せそうな顔が目に浮かぶ。
 彼の本当の気持ちはどうだったのだろうか?
 人としての生き方から別のものに変貌していく間、彼は幸せだったのだろうか?

 オレは自分にもカメラを手に取るその瞬間が近づいてきていることを感じるのだ。