ウォーレン大佐回顧録銘板

探し物はどこに?(前編)

 どうしたね? 諸君。
 今日はクラブの中が、奇妙に騒然としているし、何人かは床に這いつくばっている。
 拳闘の試合でもしたのかね。それともコンタクトを落としたとか?
 だとしたら、わしは待合室のソファの上で酒を楽しむとしよう。後で何かを壊したと責められたら嫌だからね。
 ニッキー。このおいぼれに事態を説明してくれようという親切心は、持ち合わせていないのかい?
 これから説明しようとしたところだって?
 ああ、これは悪かった。説明してくれたまえ。

 ふむふむ。
 ファンキーの結婚指輪が消えたって?
 そりゃ大変だ。ファンキーの申告通りだとしたら、彼の奥さんはクラブ会員の妻のなかでも一番怖いというからな。結婚指輪なんか無くしたと知ったら、どんな目に遭わされるか。いや、くわばら、くわばら。
 おや、ファンキー、顔が青いな。悪いものでも食べたんじゃないか?
 いや、悪かった。冗談はこのぐらいにして、真面目に相談にのってあげよう。
 クラブの部屋の中はもうすでに探し尽くした後なのだろう?
 だとすれば結婚指輪の行き先は次の三つということになる。すなわち、盗まれたか、家に置き忘れたか、落としたかのどれかだ。指輪というものはスポーツでもやっていない限りは落とすことはないものだから、この可能性は排除できるだろう。となれば、後は盗まれたか、置き忘れたかの二つということになる。
 そこでだ。この老いぼれが少しばかり役に立つ話をしてやろうじゃないか。
 ニッキー。わしの酒を取ってくれ。
 ああ、ありがとう。

 さて、いつものように、物語はわしがまだ若かった頃にさかのぼる。当時のわしは、カイロ支局に勤めておった。もちろん、表向きは大使館の職員ではあったが、その実はスパイであった。
 カイロ支局でのわしの相棒はモッブと呼ばれる男で、その他に五人ほどのメンバーが常時詰め掛けておった。一応はわしがリーダーを勤めていたが、どのメンバーも一人で十分にやれるだけの実力を持っていた。というのも、この大使館のボスである大使は、ある非常に重要な軍事上の機密に関っており、通常の護衛の数ではこの機密を守るのには足りないと、上層部の連中は考えたのだな。そういうわけで、腕利きの連中がこの支局には集められていた。
 だがまあ、心配するようなスパイ騒ぎも起きず、カイロでの日々は極めて平穏に流れていたので、わしらはちょっとばかり油断していたのかも知れない。
 モッブときたら、街の売春宿に潜り込んだきりで、支局に滅多に顔も出さない有り様であったし、他の連中もまあだいたいが似たり寄ったりな暮らしを送っておった。まあ、わしらはみんな、カイロでの任務を一種の特別休暇とみなしていたんだな。
 わしかい?
 わしもまあ、モッブほどではないが、似たようなものだったな。こちらのバーで酒を飲み、あちらのバーで酒を飲み、昼の日中に水風呂に浸かって鼻歌を歌う。いくら諜報員だからと言って、朝起き掛けに銃撃戦をやり、昼飯の最中に爆弾を組み立て、夜に舞踏会に出席して要人暗殺を行う、なんて毎日を送っているわけでは決してないからな。まあ、そんな日があったとしても、月に一度か二度がせいぜいというものだ。
 そういうわけで平和なカイロの日常で、あんなどえらい事件が起きるなんて、わしらは想像もしていなかったものだ。

 その日は珍しくも支局員がみんな集まっていた日で、いまから考えると、これは虫の報せが働いたのではないかと思う。一本の電話がその発端で、部屋の隅で水パイプをくゆらせていたモッブが、奇妙にゆっくりした足取りで立ち上がると、受話器を持ち上げたのを覚えている。他の連中はだれもかれもひどい二日酔いで、他のだれかが電話の鳴る音を止めてくれないかと、心待ちにしているような体たらくであった。
 モッブはしばらく電話の声に耳を傾けていたが、やがて静かに受話器を置くと、一言だけ、こう言った。
「あれが無くなった」
 あれ、とは何だ? とは、だれも言い返さなかった。カイロ支局で、あれ、と言えば決まっている。例の重要機密文書のことだ。その一言で瞬時に全員の二日酔いがぶっとんだ。問題の大使の護衛にだれも割り当てられていなかったことに、そのときやっと気がついたからだ。わしらの職務怠慢は明らかであり、紛失したものの重要性からして、書類が見つからなければわしら全員が死刑を宣告されることは明らかであった。
 受話器をおいたモッブが、これも奇妙に静かな動作で、もう一度受話器を取り上げると電話をかけはじめた。それがワシントンの堅いガードを越えて、大統領の秘書のところにまで到達した時点で、わしらはモッブを取り押さえ、彼の頭に巻かれていたターバンで彼をぐるぐる巻きにした。いつものモッブならこんな馬鹿なことはしないのだが、どうやらその日の彼は水パイプのやり過ぎで脳がとろけていたらしい。
 だが、まあ、しかし、選択の余地はなかった。わしらは何としても、その重要機密書類を見つけ出さねばならない。すべてを捨てて亡命するにしても、全面核戦争の引き金を引いた人物を笑って迎え入れてくれる国があるとは思えなかったからだ。あの書類が東側に流れれば、遠からずそうなるに違いなかった。
 まだ薄ら笑いを浮かべたままのモッブをみんなで担ぎ上げると、わしらは大使官邸へと車を飛ばした。
 大使の説明は判り難かったが、それでも要約するとこうなる。
 昨日、大使は親善パーティに出て、しこたま酒をきこしめした。例の書類はあまりにも重要だったので、止せばよいのに、わざわざ小型の書類カバンに入れて持ち歩くことにした。パーティの間中、その核戦争の引き金は大使の腕の下でぶらぶらとしていたのだが、やがてパーティがお開きになる頃には、再びかれの懐へと戻ったそうである。
 問題はここからで、浴びるほどの大量の酒を飲んだはずなのに、かれは飲み足りないと思ったらしく、どこか手近のバーへ行くようにと運転手に命じたそうなのだ。運転手はさんざん探した末に、そんな深夜でも開いていた唯一のバーへと大使を送りこんだ。
 いやいや、そのバーの名前を聞いたときには、わしらは心臓が止まりそうになったよ。特にわしの心臓は、その瞬間確実に止まっていたと断言しておこう。大使の告げたバーは、こともあろうに、ここらあたりの悪党どもの溜り場でもあるバーで、それは当然、わしの愛用のバーでもあったわけだ。昨日の夜のどこかの時点で、わしは大使の顔を見ているはずであったが、いや、その覚えがなかったのは、わしの一生の不覚であった。
 だが、神か悪魔か知らないが、運命の主というものは奇妙なことをする。大使は無傷で、もっと驚くべきことにはきちんと財布を持ったまま、そのバーを出た。それから向かいにある安ホテルへと飛びこんだ。流石に酔いの回った大使には、大使官邸に帰るだけの力はなかったので、そのまま宿を取り、すえた匂いのするベッドに倒れこむと、深い眠りへと落ちこんだとまあこういうわけだ。
 翌朝、大使は目覚めると、自分がどこにいるのかとぼんやりと考え、それから空っぽの自分の両腕を見て悲鳴を上げた。
 恐るべき状況だったが、たった一つだけ救いはあった。それはベッドに倒れこんだとき確かに書類を抱えていたと大使が証言したことだ。ということは、少なくともあの酒場で盗まれたのではないことになる。これは朗報であった。そうでなければ、酒場にいた全員を誘拐して拷問しなければならない羽目になっていただろう。この街一番の飲兵衛ども、それに暗黒街の組織の面々、武器商人、盗賊ギルドの支配人たち、ついでに言うならば警察署長もだ。悪党どもにワイロを要求するために来ていた役人たちもリストに入るし、もっと厄介なことに、わしは自分自身を逮捕しなくてはいけないことになる。自分で自分を拷問するなんて、考えるだけでも馬鹿馬鹿しくてぞっとする。
 だがまあ、ホテルのなかで無くなったということで、対象はぐっと絞られる。ホテルの外の悪漢どもが、ホテルの連中たちに知られないままに、部屋にそっと忍びこみ書類を盗んでくるなど、小説の中ならともかく現実では有り得ることじゃないからだ。大きなホテルなら可能だろう。だがこんなに小さくて、そして悪党どもが利用するホテルじゃ無理だ。

 わしらは早速、ホテルの従業員とその日に泊まった連中を調べだした。
 その結果わかったことは、当夜、そのホテルの客で身元の確認できなかった人物は五人いること。それにホテルの従業員のうち、二人が行方不明になっていることだった。
 わしらの人数は七人、容疑者も七人。確かにカイロ支局の他のメンバーを使えば、頭数だけは増やせるが、諸君らも知っての通り、諜報活動というのは個人の資質が大きくものを言う世界だ。ひよっ子をいくら張り付けたところで、最初の乗り換え駅でまかれて、それで追跡はお終いということになりかねない。
 つまるところは、この七人だけで事態を収拾しなくてはいけないということだ。さて、そこでわしらが直面した問題はこうだ。容疑者一人につき、こちらのメンバーを一人つけるのか、それとも容疑者一人にこちらの七人が一斉に襲いかかり、それを続けるのか、ということだ。
 結果として、わしらが採用したのは後者の案だ。マン・ツー・マン方式では、あまりにも危険が大きいと、わしは判断した。
 ただし、後者の案、全力集中各個撃破方式にも欠点はある。それは、作戦行動の時間がひどく限られることだ。一人に張り付いている間に、残りの六人が逃げてしまう恐れがある。だからこそ我々の作戦の方針は、素早く襲い、書類の有無を確認し、すぐ次の容疑者へ移ることだ。こと今回の作戦に関しては、エレガントという言葉は考えないことにした。
 そうこうしているうちに、問題の容疑者の一人が目撃されたとの報告が入った。目撃された場所はカイロ郊外の道路の一本で、それでわしらには容疑者の目的地がわかった。その道の行き先はただ一つしかない。小さな飛行場だ。
 飛行場!
 わしらは車に飛び乗ると、アクセル全開で車を走らせた。途中で残りのメンバーの乗る車と合流し、わしらはまるでスピード狂にでもなったかのように、ただの一度も止まることなく、その飛行場へとなだれこんだ。
 砂埃にまみれた飛行場の中では、怪しげな風体をした怪しげな顔つきの男たちが集まって、怪しげな何かをしている所だった。その男たちの輪の中にいたのは例の容疑者であった。手にしたバッグを男たちに差し出している。代わりに何か重そうなものが入ったカバンを受け取っているところだった。
 金だ! わしは直感した。重さからみて、相当な大金である。
「あいつだ。あいつに違いない。ビンゴ! 大当たりだ」
 こう叫んだのはモッブだったが、実を言えば、わしもまた同じ気持ちだった。わしらは何てついているんだ。最初の容疑者で答えを見つけたぞ、と。
 最初に発砲したのがどちらであったのかはわからなかったな。やつらは機関銃を持っていて、わしらの武器は拳銃だけだったが、その代わりに、鍛えられた銃の腕がこちらにはあった。
 騒ぎの中で、例の容疑者が金の入ったカバンと相手に渡したばかりのバッグを引っつかむと、逃げ出した。やつが逃げ出したその先にあったのはボロボロのセスナ機だ。
 残りの連中はモッブたちに任せて、わしはやつを追った。セスナ機のプロペラが回り始め、機首が滑走路へと滑りこんだ。いやいや、わしの生涯であれほどの速さで走ったのは、後にも先にもあのときだけだろう。もしオリンピックであれほどの走りができていれば、世界記録を樹立していたことだろうな。
 セスナ機は離陸し、わしはかろうじてセスナ機の足にしがみつくことに成功した。今でこそそんな無茶はできないが、若い頃のわしがどれほどエネルギッシュな男であったかは、想像に難くないことと思う。
 そこまでいけば後は簡単だ。わしは風圧に逆らってセスナ機の機体をよじのぼると、操縦席へと入りこみ、男が半狂乱で撃ちまくる拳銃の弾をすべて避け、そうしてやっと、問題の書類が入ったバッグへとたどりついたわけだ。
 開けたバッグの中身が書類ではなくただの麻薬だと知って、わしがどれほど落胆したのかは、わかってもらえるかな?
 つまりこの男は麻薬のディーラーであり、機密書類を狙ってやってきた諜報員ではなかったというわけだ。
 わしは、拳銃の弾を装填しなおそうとしている男の胸倉をつかみ、自分がその男をどう思っているのかを、腹蔵なくぶちまけた。普段、人が人に接するときにやるような、言葉の制限を一切かけずにだ。
 それからわしはセスナ機の向きを変えると、飛行場へと舞い戻った。
 飛行場で待っていたモッブたちに作戦は失敗だったと伝えるのは、正直に言ってつらかったよ。
 ああ、なんだね。ニッキー。男はどうしたかって?
 それが不思議なことにな、わしが思いの丈を存分にぶちまけた直後、やつはどうやら大事な用事を思い出したらしく、セスナ機のドアを開けると、空中散歩に出て行ってしまったんだ。パラシュートを忘れて行ったぐらいだから、よっぽど急いでいたんだろうなあ。
 まあ、それはさておき。飛行場でわしらがこれからどうしようと考えていると連絡が入った。二番めの容疑者の一人、ホテルの従業員であったメイドが見つかったという話だった。目撃されたのは駅のプラットホームで、これから高跳びしようとしているのは明らかだった。
 わしらが再び車を飛ばしたと思うかね?
 いやいや。わしらがそのときにどこにいたのかを思い出して欲しい。飛行場だよ。わしらはセスナ機をチャーターすると、再び空へと舞い上がった。目指すは駅、正確に言えばそこにいるはずの容疑者の女だ。
 それはさすがに、セスナ一機に七人の人間というのはひどく乗り心地が悪かった。しかし他に方法がなければ、人は我慢をするものなのだ。一人は座席に乗れなかったので翼の上にしがみつくことになったが、まあ大したことじゃない。
 ようやく、プロペラの前方に鉄道が見えて来た頃には、列車はすでに出た後だった。こうなっては静かに容疑者の周りを取り囲んで持ち物を検査するという計画は取りやめだ。セスナ機の機首を線路へと向けると、わしらは列車を追った。飛行機の燃料が尽きる前に追い付くことができたのは幸運だと言えたな。
「怪しい。いきなりこんな長距離列車に乗るとは、絶対に怪しい。ビンゴだ。今度こそビンゴだ」
 モッブがつぶやいた。
 さて、そこからがわしの操縦の腕の見せどころだった。
 走っている客車の上にセスナ機を着陸させるのがどれほどの難事か想像できるかね?
 まあ、とにかくわしがそれをやり遂げると、七人のスパイは列車内へとなだれこんだ。ちょうど列車はカーブに差し掛かるところで、列車の屋根の上のセスナ機がバランスを崩すと、カーブの外側へと転げ落ちるのが見えた。
 型は古かったし汚れてはいたが扱いの良い飛行機だったのに、実にもったいない。だがこれもセスナ機の運命だったのだろう。わしはセスナ機のことを念頭から消した。拳銃を右手に構えたままで座席内の通路を走った。客の何人かは何を勘違いしたのか財布を差し出す者もいたが、わしらはそれを無視した。容疑者の女がいたのは個室の一つだ。
 まずモッブが部屋に飛び込むと、両手で構えた拳銃を最初は彼女に、それから彼女と一緒にいた男へと突きつけた。残りの連中は蟻の一匹も入りこまないように周囲を固めた。となれば武装解除はわしの役目だ。わしは手早く彼らの荷物を確かめ、機密書類がそこにないことを確認した。モッブが銃を突きつけていた男の方が緊張に耐え切れなくなり、拳銃を奪い取ろうとしたので、モッブは彼に向けて撃った。なに、別に当てたわけじゃない。耳のそばに一発。それだけだ。
 男の行動があまりにも稚拙なものだったので、わしらはこの容疑者も違うと気がついた。いやしくも諜報活動に少しでも関ったことがある者ならば、もっとましなことをする。銃を構えている男に正面から掴みかかるような真似をしていては、命が幾つあっても足りない計算となる。
 彼女は怯え切っており話を引き出すのには苦労したが、結局これは借金に追われての逃避行であり、男の方は彼女のヒモであることがわかった。こちらの調べでは彼女はホテルのメイドであったが、実体は売春婦だったらしい。
 彼女らが機密書類を持っていないことが確認できたので、わしらは次の駅で降りて引き返すことにした。彼女に同情したモッブは、ヒモを殺して彼女を自由にしようとしたが、どうしたわけか彼女が泣いてすがるので止めることにした。モッブにしては珍しくも優しい行動だったので、わしも彼に見習って、セスナ機から救出しておいた金の詰まったトランクを彼女の元におくと、その場を立ち去った。
 なんだい、ニッキー?
 列車強盗をしたのに、どうしてわしらが捕まらなかったのか?
 ふむ、どうも君は懐疑主義でいかん。いいかい?
 乗客たちは騒いだ。空から飛行機が降りて来て列車の屋根に止まるわ、銃を持った男たちが走りまわるわ、銃声は聞こえるわ。なんやかやだ。だが、そんなパニック状態の心理のなかで、いったい誰が銃を持っていた男たちの顔を覚えているものか。彼らが覚えているのは、何か恐い目にあったというそれだけだ。セスナ機は密輸に関わった飛行場から勝手に乗ってきたものだしな。足がつくも何もない。事件は存在したが犯人はどこにも存在しない。よくあることさ。

 わしらは次に来た列車に悠々と乗りこむと、何の問題もなくカイロに戻った。
 最初の駅に着くと、次の報告がわしらを待っていた。容疑者の一人が、こともあろうに、敵国の大使館の付近をうろついているのが目撃されたのだ。それを聞いたとき、全面核戦争という文字がわしらの頭の中に明滅した。
 だがまあ、地獄の門がわしらの頭の上で開くまでは、あきらめてたまるものか。わしらは敵国の大使館へと急行した。
 わしらがそこに到着したちょうどそのとき、大使館員の制服を着たその容疑者は、扉を抜けて大使館の中に消えたところだった。ああ、あと数秒、わしらの到着が早ければその男の頭を撃ち抜くか何かして、事態を収拾できたものを。いくらわしらでも、拳銃を乱射しながら他国の大使館の中へ突入するほど無謀じゃない。そうすれば全面核戦争は防げただろうが、絞首刑か電気椅子送りにされるのは、まず間違いのないところだったからだ。
 考えうるシナリオの中で一番悪いのは、国際的犯罪者として拘束され、敵国へ引き渡されることだ。なにぶん、わしらは他国ではひどく評判が悪い。昔の恨みを晴らしたがっている敵の諜報員は、その頃にはいくらでもいたのさ。
 あはははは。ニッキー。どうした。不満だって顔だな。

 その連中は今はどうなったかって?
 さあな。ただ、これだけは教えておこう。わしが本職から身を引いて、いまの、まあ、一種の隠遁生活に入るまえに、わしはちょっとした罠を仕掛けたのだよ。彼らが旧友へのささやかな挨拶をしたがっているのが、十分にわかっていたからな。組織の後ろ盾がなくなれば、後はどのようにいたぶろうが、どこからも文句はでない。だれしもそう考えるものだ。
 旧敵たちを一堂に集めてわしは自分のささやかな引退パーティを開いた。過去の恨みをこれで水に流しましょうという、なごやかな暗黙の平和に満ちたパーティだ。
 いや、実に素晴らしいパーティだったよ。豊富な酒と、美味しい料理。それに適度な興奮剤。
 人を逆恨みする輩は、恨む相手を一人に限定することは、滅多にないものだ。彼らはわしを始末する目的で招待に応じたが、そこに集まっていたのは彼らの秘密の絶対殺すリストに載っている面々。
 殺気に満ちあふれた馬鹿騒ぎは、実に容易に銃撃戦へと発展する。
 いや、勘違いしないでもらいたい。少なくともわしは止めたんだ。最初のうちは。それから事態がエスカレートするのを待って、わしはその場を抜けて、一人静かに郊外のバーの片隅で酒を飲むことにした。
 一つだけ残念だったのは、爆発で半壊したパーティ会場の修理費用の請求がわしの方に来たことだ。他に請求するべき相手が生き残らなかったものでね。まあ、その代金は政府機関のコンピュータの裏帳簿で何とかしたがね。
 先手必勝だよ。ニッキー。それがコツだ。トラブルの芽は早めに摘んでおくこと。今度もその方針が役に立ったわけだ。罠の口が閉じた後には、まあ、気にするほどのものは残っていなかったわけだ。