来るべきもの銘板

来るべきもの 安請け合い

 キャバクラに行ってまで占いをやっていたら、そこの綺麗なお姉さんたちが大挙して行きつけのバーに押しかけてきて、大占い大会になってしまった。

 別にバーは貸し切りと言うわけではなかったので、この降って湧いたような華の数々に常連の若い男たちがわらわらと集まって来た。まさにネコにカツオブシである。何とかお姉ちゃんたちと友達になろうとヤキモキしている。
 実は私は占いをやっている間は人格を入れ替えているので、すけべな下心は一切ない。それができないようでは占い師をやる資格がそもそもないわけだ。自分の欲望をこめて占いの結果を操作などしようものなら、せっかくの遠見の力がすべて失われる。この手の能力とは、そういうものなのである。
 占い師はサニワ(審判者)たれ。

 こうして占いをやっていると、奇妙に答えが出にくいときがある。普通だとタロットカードはかなり状況に合った適格な答えを出すのだが、たまにどうしてこんな意味の取れない結果を出すのか、ということがある。
 その場合、考えられる要因は三つある。

 一つは、事故の予兆。質問者の質問に答えることより先に、質問者に伝えておかねばならぬ事があるとカードが判断した場合である。大事なのは、「占い師」が判断した、ではなく、「カード」が判断した、ということである。この場合は占い師には何が起きているのかは判っていない。この予兆を見逃せば、後でお客が泣くことになる。それはこちらの良心が痛むので、できる限りは警告を出すようにしている。

 もう一つは、死盗姦は占わず、の原則に抵触する場合である。
 死に関すること、盗みに関すること、姦淫に関することの三つは占ってはいけない。これは占い師の鉄則で、この鉄則を守らない占い師は偽者であると判断して間違いない。
 良くあるのは恋愛相談のはずが、実は不倫の相談であったというようなケースで、実はこれが驚くほど多い。こういうことを占うとカードは実に口が重くなる。
 カードが、言い淀む、のだ。

 そして最後のケースは、相談者に霊的な何か、例えば呪いなどが関わっている場合。
 こういうときカードは何も言わなくなる。恐らくは呪いなどの方が使う呪力が大きいので、タロットカードの魔法が作動不良を起こすのだろう。
 昔は呪いの儀式など知る人の方が少なかったのに、最近では本やテレビ、そして特にネット上で広められたため、大勢の人間が呪いに触れる機会が増えてしまっている。
 困ったことに呪いというものは素人さんがやっても効き目がある。呪いの玄人が呪いを行うにあたって専念するのは呪いの掛け方よりもむしろ呪いの防ぎ方や呪いの「支払い」をどうするかの方なのである。コスト度外視ならば素人でも呪いだけはよく効く。これはよく効くなと有頂天になった頃に支払いの期日がやってきて、命で支払うのが大部分と聞く。

 お姉さんたちの一人もそういうケースだった。どうやら誰かに呪われているらしい。まあ、仕事が仕事だから不思議はない。呪いをかけた相手は振られた男の人かもしれないし、同業の女の子かもしれない。
「これは早急に神社かお寺に行ってください」
 ターゲットを限定されての呪いは、神社の敷地に入るだけでは祓えない。それなりの加護を受ける必要がある。
「いやあぁ。祓って祓って」
 女の子が悲鳴を上げながら背中をこちらに向ける。
 みんなこういうときは背中を向ける。霊がどこに憑くのか、人体の死角をみな本能的に知っている。背中の真ん中よりやや上。心臓の裏側。
「いや、私はお祓いはやらないんで」
 そう言って断った。お祓いなんかやっていたら、『命がいくつあっても足らない』という後ろの句は飲み込んだ。お客さんを無暗に驚かしてはいけない。

 お祓いは、基本的に危険なものである。
 呪いに使われる霊は結構しつこいのが多い。仕事を邪魔されれば、邪魔したヤツに噛みつく。犬や猫を虐めれば反撃されるのと同じ理屈である。要はこの手の霊は、使役されたことに対する報酬を必ず取り立てるわけで、取り立てる先はそれほど選ばない。指定された対象か、それとも自分を使役した相手か、あるいは仕事を邪魔したヤツか。どれでもよいのだ。
 つまり被害者の身代わりになるだけの覚悟がないと、お祓いなんかするものではない。感電の恐ろしさを知るものはコンセントに釘を突っ込んだりはしないものだ。この点が素人は判らない。
「あ、俺やる!」
 周囲で近づく機会を狙っていた男の子が手を挙げた。
 どうやらその女の子の馴染みさんらしい。オカルトは信じていないようだ。信じていないから呪いと聞いても怖くはない。うまく話に乗っかって、ここで男としての株が上がるなら大儲けだと本気で思っている。
 自分がやろうとしていることがどれだけ危険なことか知りもしないで、とは思ったが敢えて止めなかった。
「どうすればいいの?」
「相手の背中に息を吹きかけて、手で払うんだよ」

 一番簡単な作法。さてどうなりますことやら。
 男の子は言われた通りにやり鼻高々で女の子と話をしている。

 その夜は何事もなく終わり、それからしばらく経ったある夜。バーのマスターとサブの人が話をしていた。
「あの人、田舎帰っちゃったんだってね」
「ああ、あの人。確か母親がいきなり死んだって言って急遽田舎に帰ったって聞いたけど」
「その後どうしたのか知らないけど腕を骨折したって。で、それからすったもんだした挙句会社を辞める羽目になったとか・・・」

 ひえええええぇぇぇぇ。お酒を飲みながら小さな悲鳴を飲み込んだ。洒落にならない結末だ。やっぱりでかいのが憑いていたんだな。

 しかしそれでも似たような状況になれば、やっぱり同じように立候補した男の子を止めはしないだろなと思った。

 惚れた女性のために命を賭けるのは男の仕事だと、私は本気でそう信じているからである。