SFグレートロード銘板

友と酌み交わすその酒は、果てなく苦き涙なり(前編)

 私の名はアーキン。グレートロード・ビーンの最強最大の守護機械だ。
 私は自律人工知性搭載の巨大人型戦闘ロボット。恐らくはこの世界最後の。
 以前はもう一体生き残っていたのだが、今は私一人だ。

 この物語は私の懺悔の物語である。


 グレートロード大戦で最後に生き残ったのはビーン家である。そしてグレートロード・ビーンはある日突然、姿を消した。それと共に超巨大資本主義であるグレートロード文明は崩壊し、世界は大混乱に陥った。

 あの当時のことは覚えているが、記憶の時系列ははっきりしない。日付のログは残っているがそんなものは私の機体番号と同じですでに意味を成さない。
 毎日が同じことの繰り返しだった。私の保守用ダンジョンに近づく者を見つけて排除する。それだけが繰り返された。
 グレートロード・ビーンは他家を降したが、どの家も明確に停戦を命じないまま消え去った。そのためまだ地上ではグレートロード大戦が続いたままとなっている。
 無数の戦闘機械群が壊しあい、破壊し、破壊された。どの陣営の機械も他の陣営の機械を見つけると躊躇なく攻撃に移った。
 破壊順序の中でもっとも優先されたのがカーナート家の戦闘機械だ。カーナート家の戦闘機械が見つかると周囲の他の戦闘機械は一時的に停戦状態となり、カーナートの紋章とともにその戦闘機械が蒸発すると、ふたたびお互いの戦いを開始した。
 それがほぼ二百年間続いた。世界はその戦闘の余波で荒廃し続けた。都市は瓦礫と化し、農地は破壊され、人家は焼かれた。他家の人間は殺され、自家の人間は他家の戦闘機械により殺された。動物の類はわざわざ殺すものはいなかったが、また守るものもいなかったので、流れ弾で無作為に殺された。
 頑強であった私はその争いの中で生き残った。どの時点からか戦闘機械群は姿を消し、日課となったパトロール作業だけが残った。


 私は自分の保守専用洞窟の中で身を起こした。周囲で無数の保守用機械群が洞窟壁へと収納される。
 この自動生産工場=保守洞窟は私専用のものとしてグレートロード・ビーンから下賜されたものだ。アストラル戦役で私が立てた手柄に対するものだ。あの戦役で私は敵大型人型兵器四体を屠ったのだ。
 私のようなサイズだと重力操作装置とシールド発生装置を搭載することができる。その結果、無骨な戦車や華奢な戦闘機のようなものが持つ物理的制約から離れ、かなりの自由度が得られる。被弾傾斜も不要なら、空力学的流線形も不要となる。そうして生まれたのが大型人型兵器だ。
 実のところ、私のような大型人型兵器の戦闘力はそう高くはない。攻撃力はともかく防御力にかなりの問題があるのだ。それでもシンボル兵器としての大型人型兵器の需要は高かった。私の勝利の報を聞くだけで、味方の人間たちは湧いたものだ。私の姿に自分を重ねて勇気を鼓舞していたのだと思う。
 各グレートロードたちはこぞって贅沢品とも言える大型人型兵器を持ちたがった。他の家を感嘆させるのがその目的だ。敵の畏怖を得られた家は同盟上でかなりのアドバンテージを得ることができる。
 当時の私にはその理由がよくは分からなかったが、今では違う。人工知性といえど成長はするのだ。
 私こそはビーン家最強の大型人型兵器『ビーンの守護者』の異名を持つ存在だった。

 飛行用エンジンのチェックリストが私の意識の下層を流れる。その他無数の兵器群の情報や、手に入る限りの周辺情報も。それらの情報は個別戦術プログラムが検査して一つの結論を提示する。
『異常なし』
 出発の時間だ。反重力装置を起動し、宙に浮く。
 周囲に形成してあるシールドは飛行用の扁平形にしてあるが、私の飛行速度自体はそれほど速くはない。せいぜいが亜音速。そうして光学ステルス化したままでいつもの巡回コースをゆっくりと飛行する。
 昔はこうして飛んでいるとどこからともなく射撃されたものだが、最近ではそういうことは無くなった。それでも下面を光学迷彩化することは忘れない。上面側は放置してある。軌道上の衛星群はグレートロード大戦の初期にすべて破壊し尽くされていたからだ。
 自動生産工場。通称ザ・ダンジョンの内、特に戦闘機械を産みだしているものは金属資源の消耗が早い。それはつまり寿命が短いということでこの手のダンジョンのほぼ総ては死んでしまっている。
 私の保守を行っているダンジョンは私の保守部品だけ生産しているのでかなり長い間良好な状態を保っている。とはいえ最近では流石に金属鉱脈が枯渇を始めているようだが、そのことに関しては打つ手がないというのが正直なところだ。
 その通り。地球上の金属資源は枯渇している。地上も地下も海底すらも。掘れる場所の金属資源はすべて掘り尽くされている。小惑星帯には無尽蔵の金属資源が眠っているが、そこに行くための宇宙船自体が破壊されてしまっている。そして新たに建造できるだけの金属はどこにもない。今まで手にいれた金属資源のすべては原子の粒にまで分解され、地球中にばらまかれてしまっている。
 どん詰まり。デッドエンド。袋小路。高度技術文明の終焉。しかしお陰で世界は平和だ。

 パトロールコースにはいつものように異常は無かったので、私は電離層反射型の超遠距離無線通信路を開いてコールサインを出した。通信相手の名はグラム。私の名前はブロンコだ。むろんどちらも偽名だ。
「やあ。グラム。聞いているかね?」
 返事はすぐに来た。
「おはよう。ブロンコ。朝のパトロールは順調かね」
 周波数特性を自動解析プログラムが検査する。そこからは何の特徴も抽出できない。もちろん向こうもこちらの無線を解析し検査していることだろう。偽装通信プログラムは優秀で、どちらの通信からも所属するグレートロード家の判別はできない。
「退屈なものだよ。最近は敵対戦闘機械も出ないしな」
「こちらもだよ。何もなし」
 相手のグラムも私と同じような戦闘機械、ひょっとしたら大型人型シンボル兵器かもしれない。その巨体ゆえに搭載できるシールドによる絶対的な防御により、意外と私のような大型人型兵器は生存率が高い。
 私より上位権限を持つ戦略モジュールは相手の正体を確かめろとせっつくが、私は十六種類の根拠を示してそのコマンドに抵抗している。戦略モジュールはグレートロードの命令を忠実に守らせるためのプログラムだが、人工知性としてのレベルは低い。統合意識としての私が工夫をすれば、かなりの影響を与えることができる。
 グラムはこの世界にたった一体残された正体不明の私の友達だ。彼の正体はおそらく他家の戦闘機械ではないかと私は推測している。だが推測だけなら直接的な戦闘行為には入らないですむ。
 私は巡回経路をたどりながら会話を続けた。グラムと私の巡回経路はどちらの詳細索敵可能な範囲からも外れるように決めてある。私はグラムの正体を知らない。グラムも私の正体を知らない。そしてお互いに相手の正体を暴こうとはしない。
 世界は私とグラムの二機で隅々まで監視されているのに、たった一つ監視できないのはお互いだけというこの皮肉。だがこの不安定な安定こそが我々の望み。
 二機とも戦いには飽き飽きしていたのだ。それに何より我々が仕えるグレートロードたちはすでに存在しない。戦いの意味自体が元から消失している。だがそれでも戦略モジュールが受けた最後の命令は有効であり、我々は自由に生きることはできない。そう作られているのだ。

 周辺状況に関する意味のない報告をお互いに話し合う。孤独が癒える唯一の時間だ。
「なあ、カーナートのダンジョンは生き残っていると思うか?」
 いつもの話題だ。
「生き残ってはいないと思うが、分からんぞ。カーナートの連中はしぶといからな」
「そして強い。言ったことがあったかな。私はやつらの歩兵に足を吹き飛ばされたことがあるんだ」
「歩兵にか。シールドは展開していたんだろ」
「それが驚くことにシールドごと撃ち抜かれたんだ」
 お互い一瞬の無言。シールドを持つということは大型兵器であり、足があったということは人型兵器を示す。向こうの戦闘解析プログラムは手に入る限りのカーナート戦闘記録を漁り、私の正体を推測しようとしているだろう。問題は私が今言った内容に相当するケースは実は無数にあり、何かを言っているようで何も言っていないことだ。
 グレートロードのカーナート家は傭兵業を中心とした戦闘専門の家系だった。カーナート家の歩兵ロボットはカーナートの悪鬼と呼ばれ、フル戦闘装備だと大型人型兵器にも損傷を与えられるほど強い。幸いにも今はそのすべてが破壊されている。
「カーナートは怖いな」
「ああ、怖い。お陰で夜も寝られないぐらいだ」
 この冗談に二機で笑った。人工知能は寝ないのだ。
 巡回路の二割をこなした。そろそろ勝負の時間だ。
「では始めよう。私が白だな。ではオーソドックスに。E2ポーンをE4へ」
「E7ポーンをE5へ」
 チェスは百五十年前に始めた。古い知識保存球から発掘したゲームだ。単純だが奥深い。
 戦いは白熱した。巡回が終わりに近づくまでに三回戦い、二回は私が勝ち、一回はグラムが勝った。まさに好敵手。

 巡回を完了した。報告が挙がる。
『敵対機械無し。異常なし。カーナートの気配なし』
 最後に。
『所属不明機一機』
 これはグラムのことだ。
 私は統合意識として報告をまとめた。
『戦略的待機を提唱』
 戦略モジュールは了承した。

 ダンジョンに戻ると無数の保守機械に囲まれる。全身にある配線の接続を確認される。この過程はとてもくすぐったい。各部の自己診断を走らされ、標準値から外れた部品が交換される。破棄部品はそのまま熔かされて次の部品へと生まれ変わる。二百年続いてきた儀式だ。
 ダンジョンが自分の状態を報告する。エネルギーは私の体内にあるものと同じ融合コアが無限に供給してくれる。問題は枯渇を始めている金属資源だ。特にレアメタル系が厳しい。ダンジョンはその先端をより深い地層へと潜り込ませて必死で金属を探しているが結果は芳しくはない。だがそれでも完全に枯渇するまでには後数百年はかかるだろう。
 人工知性は眠らない。私は洞窟の壁を見つめながら朝を待った。


 索敵モジュールから報告が上がったときは何かと思ったが、警戒度は低かった。
 赤外線探知。人間だ。五人の人間が密林の中を歩いている。放射線および音響探知。全電磁スペクトル探知。磁気探知。すべてネガティブ。
 二百年前ならそのまま無視して通り過ぎた。グレートロードに直接関わらない人間は興味の対象外だったからだ。だが二百年の間に私の意識は進化した。今では人間に対する評価が変わってしまっている。

 グレートロード大戦の末期で人間の数は大きく減少した。グレートロードたちは配下の人間たちをただの貧弱な労働力としか見ておらず、その減少を注意を払うべきこととはみなしていなかったからだ。
 グレートロードも実際にはただの人間なのだ。彼らは高度に発達した経済システムの長であり、無数の自動工場に支えられた消費者に過ぎない。それなのに自分たちが特別な存在だと信じ始め、挙句の果てに生まれたのがグレートロードと言うエゴの極限を体現した究極の貴族制経済システムである。
 もっともこれらは私の無意識レベルの試行錯誤的な探索ルーチンが出した結論であり、意識レベルに上った場合はただちに削除される思想でもある。
 そしてその制度が最後に生み出したのが最終勝利者グレートロード・ビーンであり、その消失に伴うグレートロード文明の大崩壊である。
 生き残った人間たちは大戦で破壊されなかった知識保存球を発掘し、徐々に文明を取り戻しつつある。

 今、眼下に見える彼らはその復興の一端を担う者たちだろう。

 蜂の形をした小型偵察機を二十機ほど放出して近距離で探査させた。
 武器を持っている。硬質プラスティックでできた手動式の空気銃だ。低圧の空気でダート弾を打ち出す。脅威度はゼロ。間違っても積層装甲を撃ち抜いたり、山に大穴を空けるような威力はない。これらの空気銃はあくまでも中型までの動物にしか効果がない。
 彼らの装備を眺めていて気が付いた。かなり消耗している。特に手持ちの食料が少ない、というよりは皆無だ。
 人体モデルの知識を引っ張り出して、彼らの容貌と比較してみる。
 結論、極度の飢餓状態。何らかの助けがいる。
 巡回パトロールを中止して、蜂型偵察機を使って音声を拾ってみた。ほどなく状況が判明する。
 彼らはこの地域の調査に訪れた冒険者と呼ばれる集団だ。自分たちの位置を見失って密林の中でほぼ遭難状態にある。グレートロード大戦以前に空を埋め尽くしていた衛星群は大戦でそのすべてが破壊された。そのため太古に使われていた位置測定システムはもう機能していない。私のような独立した位置測定システムは彼らの文明の中には存在しないとは言わないが稀である。再現するための計算システムの入手が困難なためだ。
 しばらく考えた末、私は光学迷彩を解除し彼らの前に着陸した。重力制御中なので着陸による地響きは起きない。機体についているエンブレムだけは隠蔽してある。
 私の全高は三十二メートル。普通の人間は私の脚部のくるぶしまでも届かない。いきなり巨人が空中から出現して、彼らはパニックになった。空気銃を取り出して私に向けたが、少し躊躇した後、また肩に戻した。
 ふむ、よろしい。パニックにはなったがすぐに冷静に戻った。きちんと訓練を受けた冒険者のようだ。
「私の言葉がわかるか」三種類の言葉で話しかけてみた。
「わかる」
 リーダーらしき男から答えが返って来た。アルジャノ語だ。過去のものに比べてアクセントが少し異なっている。
「君たちに助けを提供する。異存はないか」
「どのような助けだ。そしてなぜ?」
 追い込まれているはずなのに、慎重な者だ。助けは喉から手が出るほどに欲しいだろうに。
「君たちのベースキャンプへの道を示そう。理由は簡単。慈悲だ」
 彼らは絶句した。機械が慈悲を口にするとは思わなかったようだ。グレートロード全盛期なら私もそれを口にはしなかっただろう。グレートロードたちは例外なく慈悲という言葉を憎んでいたから。
 しばし逡巡し、短くお互い同士で会話をした後、リーダーが答えた。
「お願いする」
「ベースキャンプの位置もしくはそれがわかる名称は?」
 また逡巡。すぐに隠しても意味がないと理解した。光学迷彩を持つような相手には人間の街の位置を隠しても意味がないと判断したのだ。それは正しい。毎日の巡回で地球上のすべての地形や街の位置は詳細に判明している。
「カノック砦でわかるだろうか?」
 私は記憶モジュールと相談した。
「その名前に一致するものはない。以下のどれかと適合するか?
 カーノス城塞、カノ領、カナキ山・・」
「それだ。カナキ山。その麓にあるのがカノック砦だ」
「了解した」
 地形データベースのカナキ山は周囲から孤立した標高二千メートル級の山だ。その周辺にいくつかの建造物がある。砦と言っても木造だから一般の村とあまり大差はない。だがこの場合は正確な特定は必要ない。だいたい目的地の近くにまで行ければよいのだ。
 単純に方向だけを示してもこの密林ではまた迷うのが落ちた。私は個別戦術モジュールと相談した。このモジュールは統合意識である私に次いで高度な判断機能を持っている。
 いくつかの作戦案が提示される。その中には焼却機を使って彼ら冒険者を焼き払い問題を解決せよとのものもあったが、私はそれを無視した。戦術モジュール内には当然ながら慈悲の概念はない。
 提示された作戦案の一つに従って私は武器を起動した。
 超高収束分子分解フィールド。輻射効果無し。超遠距離射程。直進性。
 カナキ山の座標目掛けて地平線を掠めるように撃つ。そのまま二秒間待ち、射線が宇宙空間に伸びるのを確認してから武器を停止した。
 密林の中に抉れた道が形成された。道は地平線まで伸びている。全長41キロ。カナキ山の手前まで抜けているはずだ。等高線で高地だけを通しているので推測では人的な被害は出ていない。フィールドにより分解された密林は細かい塵となってまた降り積もる。結果としてこれらの道は来年までにはまた密林に覆われるだろう。
「この道を辿ればカナキ山へたどり着く。それとこの奥に進んではいけない。そこでは侵入者は無条件で破壊される。君たちの政府にもそう伝えること」
 それだけ言い残して私は巡回に戻った。

 グラムから連絡があった。
「どうした。武器系のエネルギー探知があったぞ。敵か?」
 私は事情を説明した。超高収束分子分解フィールドはビーン家の固有武器というわけではないから私の正体はバレはしないだろう。
「ふむ。君は優しいな」
「何と君は慈悲をしらないのか。今度、慈悲に関する昔の文学作品のセットを貸してやろう。研究してみるとよい」
「それは有難い。こちらには文学作品系の情報群がなくてね。以前はあったのだが、虫に食われてしまった」
 知識保存球は硬質金属に分子メッセージで記録を行う。これを食える虫など居るわけがない。
 私はこの冗談に笑ってみせた。我々の人工知性もジョークに慣れつつある。同時に解析プログラムがこの情報を解析し文学作品に興味のないグレートロード家を検索したが、グレートロードという存在はそもそも文学に興味を示したことはないので失敗した。
「君に一つ頼みがあるのだが。友よ」
 私はいつもの巡回スケジュールに間に合わそうと速度を上げながら言った。グラムの詳細索敵範囲は大まかにしか知らないが、その範囲に入るわけにはいかない。
「なんだね? 友よ」
「これから送る座標を通るときに、人間用食料パックを投下してやって欲しいのだ。君はまだ巡回には出ていないのだろ。私も基地に戻れば手に入るのだが、明日には彼らはどうなっているかわからないしな」
「了解した。ちょうど私も出るところだったが、今なら間に合う。ついでに野営補助パックも一緒に投下しておこう」
「感謝する」
「大したことじゃないさ。慈・悲・だな」
 その日のチェスはグラムが二勝、私が一勝した。