SFグレートロード銘板

錆びたダンジョン(後編)

 さて、いよいよ、わたしのことを話す番だな。冒険者たちの間での、わたしの役は盗賊だと、先に述べた。盗賊というのはその名の通りに、生命洞窟のなかの鍵のかかった扉を開けたり、あちらこちらの罠を解除するのが役目だ。使う得物と言えば万能電子鍵と呼ばれるものだ。これは古い時代の遺物とでも言えるもので、いまでは再生産できないものの一つだ。使っている重金属の量はごくわずかなものなのだが、いかんせん中身が複雑すぎる。極微の知性素子を、驚くべき技量で組み合わせて作り上げたものなのだ。これを機械と呼ぶのには多少の語弊がある。芸術品と言った方がより正確だ。
 奇妙なことに、万能電子錠には値段というものがついていない。というのも万能電子錠を使うには、ある種の遺伝特性とでもいうものが関係しているためだ。超小型の生体融合演算機である万能電子鍵は、使う人間の脳を選ぶ。これを冒険者たちは「盗み癖」と呼び習わしているな。「盗み癖」がある者にとっては万能電子鍵は喉から手が出るほど欲しい道具だ。「盗み癖」がない者にとっては、ただの骨董品に過ぎない。だからこの機械の値段は買い手がいるかどうかで決まる。ほんのときたま市場に売りに出されることもあるが、値段の折り合いがつくほうが珍しいな。買い手がいないときは、二束三文の値になるので売り主が承知しない。買い手がいるときは、一身代もの値を売り主が吹っかける。これじゃ、話はまとまらない。
 わたしのこれは母方の祖父からの贈りものなんだ。わたしに「盗み癖」があると知ったときの祖父のうれしそうな顔を、いまでもわたしは忘れないな。もちろん、わたしは祖父の希望通りに冒険者になったよ。わたしも欲深者の一人だったんだから。
 まあ、わたしはこれを操ることが出来るし、今でも腕は衰えていないと思う。譲るべき相手を探してみたこともあったが、いざそのときになると、何だか手放す気にもなれなくてね。わたしの祖父も、案外といまのわたしと同じ気持ちだったのではないかな。
 残念なのは、これも寿命が尽きかけているってことだ。知性素子自体はほぼ無限の寿命を持っているが、それすらも磨耗してしまうほどの昔から、この万能電子錠は使われてきたんだろうな。生命洞窟と万能電子鍵はお互いが対をなすものだ。生命洞窟が長い歴史を生き抜いてきたのと同様に、万能電子鍵も長い歴史を通り抜けてきた。洞窟が自分自身を生み出すのに比べ、万能電子鍵は再生産を行わない。だから万能電子鍵は減る一方なんだ。
 寂しいな。グレート・ロード時代の貴重な遺産のうちの一つが、またもや我々の世界から消えて行く。
 そうだ。記者である以上は、君はきっと地獄耳のはずだ。どこかでこれの補修部品を生産している洞窟が見つかったら、ぜひともわたしに知らせてくれないかな。十分な礼はするつもりだから。

 ああ、外が暗くなってしまったね。じきに夕食の時間だから、ぜひとも食べて行きたまえ。今日はニヤニ鴨のローストが出る予定だよ。ワインをもう一本、どうだね?

 まあいまでこそ、四人とも金に不自由はしていないが、当時のわたしたちは飢え死に寸前の、薄汚れて疲れきった冒険者だった。厳しい環境のなかで鍛えられてもいたし、またそれなりに優れた才能を持っていた集団だったが、それでも打ち続く不運には勝てないものさ。確かに努力は大事だが、それを生かせるかどうかは運次第だ。これ以上進めば、もう戻りようがないというところまで、わたしたちは追いこまれていた。

 君ならどうする?
 前に進んで栄光をつかむほうに己の命を賭けるか、それとも後ろに引いて惨めな一生を続けるのか?

 これがあくまでも仮定の話であって、実際にその場にいなければ、回答は簡単だ。誰でも前に進む方を選ぶ。だが、目の前にあるおのれの死と向き合って、それでも死の方を選択するのは実に至難の技なのだ。
 わたしたちは前に進む方に賭けた。別に勇気があったわけじゃない。今までにあまりに多くのものを賭け続けていたので、すでに後ろには引けなくなっていたという、それだけのことだ。全ての夢と希望を次に出会うだろう生命洞窟に賭けて、わたしたちは旅を続けた。この賭けに負ければ、逃れようもない餓死が待っている。戦士のダリュアの石投げの技は衰えてはいなかったが、その頃は鳥の方が、人間を恐れて近寄ってこなくなっていた。

 夕暮れ時だったな。確か。
 最後の一かけらのパンを飢えた喉に押しこんで、血走った目で山肌に露出した地層を睨んでいた魔術師が、偽装された生命洞窟の入り口を見つけた。
 山肌に縦に走る微かな壁の亀裂こそが、生命洞窟の印だ。この手の偽装型の遺伝子を持つ生命洞窟は、見知らぬ人が近づいただけで、洞窟の入り口を閉じて隠れてしまう。内部で行われている生産活動をぎりぎりのレベルにまで抑えてしまえば、後に残るのは洞窟の入り口から吹き出す、ほんのわずかな水蒸気だけとなる。
 それを見つけだすべき魔術師のイーニックときたら、疲れと飢えでふらふらしており、おまけに頼みの綱の酒もとうの昔に切れている状態だった。彼は酒恋しさのあまりに、自分の舌を噛み切りかねないありさまだったが、それでも自分がどこを探すべきかは十分に心得ていた。
 崖の土にぴったりと顔を押し付けて、落ちかけた陽光の最後の一筋が、水蒸気のかすかな漏れに反射する瞬間を捉える。アルコール中毒の禁断症状に耐えて、これを見つけ出したのだから、イーニックは凄い男だ。不思議だよ。彼のように鉄の意思を持った男が、アルコール依存症になるなんて。
 さてそうなれば、あとはこのわたしの出番ってわけさ。お大事の万能鍵を洞窟の亀裂に潜りこませると、そいつから細い電子触手を作り出して、扉の錠の奥深くへと送りこんだ。電子触手は亀裂を抜け、光通信用のレーザーが作る微弱な電磁場パターンを探り出した。それから通信の根元をたどり、扉を開閉する人工知性を見つけると、そいつと知恵比べを始めた。こちらの切り札は万能電子鍵と生体融合したわたしの脳細胞だ。光輝くイメージがわたしの意識を支配し、透徹した世界観が心を満たす。そうなれば、グレート・ロードの持つコード錠を模倣するのは簡単なことだ。扉はたちまちに騙されて、残光の残る夕暮れに向けて、大きくその口を開いた。
 盗賊に取って本当に辛いのはそれからだ。万能電子鍵はわたしの脳から切り離され、わたしは神の座から人間の体へと滑り落ちた。透明に見えていた物事が、たちまちにして複雑な、わけのわからないものへと変貌する一瞬。まさにその瞬間に、万能電子鍵はわたしの脳細胞の一部を焼き払って、遥か彼方へと逃げて行くんだ。
 これが払わねばならない代償というわけだ。すでに話した通りに、多くの盗賊はこれで命を落とす。
 わたし?
 そうだな。わたしの場合は運が良かった方だな。いや、たった一つだけ困っていることがある。今に至るも、どうしても自分の母親の顔が思い出せないんだ。大好きな母だったはずなんだが。
 まあ、そういうわけで、わたしは自分の命を賭けてマウイマウイ錠と腕比べをした。幸いなことに、その洞窟の扉はそれほど抵抗しなかった。その理由は後で判ったのだがね。

 ああ、うん。このスープはおいしいだろう。今年は良いハーブがたくさん取れたし、料理人たちも張り切っているようだ。本当のことを言うと、南の貿易路も新たに開拓してみようかなと思っているんだ。そうすれば、今よりももっと多くの商品を販売できるだろうし、品物の種類が増えれば市場も活性化することになる。珍しい南方のスパイスの詰め合わせなんて、売れると思わないかい?
 うちの貿易会社の株を買うならば、いまがそのときだと思うね。もちろん、新しい店を開くときには、君のところの雑誌にも広告を載せて貰うことになるだろうな。

 さて、どこまで話したかな。そうそう、洞窟に足を踏みいれたところだったね。

 冒険者をやっていて最も興奮するのは、初めての洞窟に足を踏み入れる、その瞬間だと断言してもいい。未だ誰も侵入したことのない、それゆえに内部は宝物であふれかえらんばかりの生命洞窟を想像してみたまえ。その中には例えば自動髭剃り器や無限充電パックもあるだろう。もしかしたらアンチシモンのグラナビアなんかもあるかも知れない。そればかりではないぞ。古い生命洞窟の中には、自分の内部の倉庫が一杯になってしまって、生産対象をより高価な産物に切り替えるやつもある。
 完全抗体ワクチンというのを知っているかね?
 こいつが、市場に売り出されたのは、ずいぶんと昔のことになるな。わたしの記憶でも、これが見つかったのは、その一度きりのことだ。産出量こそ少ないが、その価値は洞窟製品のなかでは群を抜いている。どこの王族でも、これを欲しがらない者はいない。なにせあらゆる種類の細菌、カビ、そしてウイルスによる病気を治すことができるのだからな。文字通り、万能薬なわけだ。
 あるいは、反物質対金属。これは反物質と物質を恐ろしく複雑なやり方で結び合わせたもので、決められた周波数の電流をかけることで、穏やかな放熱から対消滅による核爆発まで、自由に操作できるという代物だ。どこの国でもこの金属には大金をはたくだろう。こいつがあれば、もうそれだけでしばらくの間はエネルギー不足に悩まなくてよくなるからな。もちろん兵器としても優れている。放射能の心配なしに使えるうえに、出力が自由に調整できる核兵器というわけだ。
 わかってくれたようだな。生命洞窟の産み出す富の大きさを。それは国一つだって丸ごと買えるほどなのだ。まあそこまでいかなくても、ちょっとした産物を持った生命洞窟に一つでも行き当たれば、貧乏な冒険者はたちまちにして国一番の大金持ちというわけだ。

 聞いたことがあるだろう?

 大当たりのカボンナ、犬転びのジャック。そして幸運なる者カッシナー。どれも洞窟探検により王国一番の金持ちになった連中だ。少なくとも、しばらくの間は。
 ああ、わたしもこんなに歳を取っていなければ、もう一度冒険に出てみたいものだ。
 もちろん、今ではそれが無理なことは、わたしにも判っているが。わたしは成功し過ぎた。腹を減らしていなければ冒険者はできないものだ。満たされることのない貪欲さを、その魂の奥底に持つ者だけが、地獄の道行きに耐えられるものなのだから。

 さて、その洞窟はどうかといえば、正直言って、足を踏み入れた最初の瞬間にわたしはがっかりしたよ。その洞窟には明らかに死の匂いが充満していたからだ。洞窟の活動を示す微かな水蒸気の流れは存在していたが、それは元気に生産活動をしている生命洞窟のものではなかった。例えるならば、それはいままさに死に神に魂を引き渡そうとしている病人が吐く、最後の一息、そのものだった。
 通常ならどんな生命洞窟のなかにでも、明るく灯っているはずの壁面発光は止まっていた。これがまずとても異常なことだ。だがそれより恐ろしいことに、内部にはひどいカビの匂いと、そして、嗅ぎ間違いようのない、強烈な錆の匂いがただよっていた。
 そう、錆の匂いだ。こんなに金属が貴重な時代には、滅多に嗅ぐことのできないはずの匂いだ。金属を錆びたまま放置しておくなんて、神をも恐れぬ行為だ。
 爆発性のあるガスで全体が満たされているかもしれない洞窟の中で、松明をともすという恐ろしい行為をしながら、わたしたちは洞窟の奥深くへと潜りこんだ。
 そのときのわたしたちの状況で、再び地上に戻って新しい洞窟を見つけるなんて、まず不可能だって判っていたからね。生命洞窟なんてそうそう道端に転がっているものじゃないんだ。となれば死亡した生命洞窟だろうがなんだろうが、この洞窟に賭ける以外に打つ手はもうなかった。この洞窟を見つけたのは幸運そのもの、洞窟が枯れ果てていたのは不運そのもの。それならば、その不運がもう一度、幸運に変わることもあるかもしれない。そんな甘いことを考えていたのも事実だ。
 この生命洞窟の中に何もなければ、手ぶらで街へ戻ることになる。それから自分の膝を抱えて道端に座りこみ、ゆっくりとした餓死をひたすら待つことになる。
 魔術師のイーニックはそれよりずっと前に、アルコールが切れたことで、発狂するだろうと誰もが考えていた。
 僧侶のマリアは美しい女性だったから、他に金を稼ぐ手もあっただろうが、そうするぐらいならば餓死のほうを選んだだろうな。言っただろう、彼女はきわめつけのロマンチストだって。彼女は現実というものを見据えていたが、それでも自分がどのような人間であるべきなのか、揺るぎない信念を持っていたということだな。
 わたしも買い手さえいれば、この万能電子鍵を売ってしまっていただろうが、そうそうおいそれと買い手など見つかるわけがない。
 すべては八方塞がり、そして、ジ・エンドだ。
 それにごくごくまれにだが、掘れるだけの金属資源を全て掘り尽くして死んだ洞窟の中には、もの凄く古い製品が、後生大事に貯えられていることがある。それも生命洞窟が、自分で一度は作り出した産物を再消化して、とんでもなく高価な製品の形に再び作り直したようなのが。こいつらはこうして、世界が果てるその日まで、主人であるグレート・ロード達に仕えている。待ち続けた主人が洞窟を訪れて、彼らの宝物を受け取ってくれることなんか、永久に来ないのにだ。
 機械の持つ執念というのは恐ろしい。文字通り、それは鋼鉄の意思に支えられている。
 しばらくの間、わたしたちは黙ったまま、その薄暗い死んだ洞窟を降り続けた。
 本当なら洞窟の侵入者を排除しようと襲ってくるはずのパワーローダーの一体が、壁にもたれかけたまま朽ち果てているのが見つかった。人間型の作業ロボットで、壊れた機械の修理を専門に行うタイプだ。両手はそのまま作業用の工具になっていて、力仕事から精密作業まで幅広くこなすタイプだ。その身体には無数の穴が開いており、全身から錆びの匂いを撒き散らしていた。
 戦士のダリュアは、そいつが死んだふりをしているのだと考えたらしく、右手の中に握りこんだ三つの石を、いつでも投げられるようにと身構えていた。ダリュアの鍛えぬかれた腕の一振りで、石は目にも止まらぬ速さで宙を飛び、パワーローダーの急所である緊急停止ボタンにぶつかるはずであった。しかしその逆に、このパワーローダーが緊急停止状態にあるだけならば、ボタンを押せばパワーローダーは命を吹きかえすことになる。それだけは願い下げにしたい。ダリュアのそんな考えが、わたしには見て取れた。
 魔術師のイーニックがパワーローダーの上に屈むと、そいつからいかなる熱も電磁波も漏れ出していないことを確認した。人間でもそうだが、熱を発しない物体は死んでいると判断して間違いない。イーニックが持っていたような簡単な熱探知機でも、待機状態にある作業機械と壊れたものとの違いぐらいは判別できる。
 つまるところ、そいつは完全に死んでいたのだ。死にかけた洞窟に、死んだ機械人形。まさにお似合いの姿だが、わたしは笑う気にはなれなかった。その光景に頭の中で四体の骸骨を加えてみたためだ。
 パワーローダーといえば、それ自体が金属の塊だ。それを街に持ち帰ればよい金になると思って、わたしはそれを引っ張った。
 嫌な音を立てて、わたしの手の中でパワーローダーの残骸が砕け散り、細かな金属の埃となって飛び散った。あのときは驚いたね。頑丈なはずのパワーローダーの外殻が、まるで虫食いだらけの紙のように崩れ去った。いや、この表現がどれほど正確な真実を言い表わしていたのか、後で判ったのだがね。とにもかくにも、そのパワーローダーは文字通りに残骸であり、中身もほとんど残ってはいなかったのだ。
 この事件は、わたしたちの気分に微妙な影響を与えることになった。戦士のダリュアもわたし同様に、あの崩れ果てたパワーローダーに、自分の姿を重ねあわせていたんだと思う。僧侶のマリアがどんな気持ちでいたのかはわからない。彼女は洞窟の壁に、手早く自分の電磁誘導キットを当てると、壁の中を走る光ケーブルの変換誘導磁場を探った。そうしてしばらくの間、目をつぶっていた。これがいわゆる僧侶の「祈り」と言われる姿勢だ。彼女はそうやって通信ラインを流れる情報に耳を澄まし、その意味を読み取ることができるのだ。
 ようやく彼女が目を開き、それから一言だけ、わたしたちをぞっとさせる言葉を発した。それはわたしたちが予想していた言葉ではあったが、決してそこでは聞きたくない言葉でもあった。彼女はこう言ったのだ。何も聞こえない、と。
 この生命洞窟は、一切の情報通信を行っていない。極めて異常なことだった。死んで生産活動を終えた生命洞窟でも、その神経にあたる光ケーブルのなかは、普通はおしゃべりで一杯なのだ。
 生命洞窟の情報神経システムは、最低限度のエネルギー消費で、数千年にも渡る仮死状態に耐えられる設計なのだ。幸運にもグレートロードがそこを訪れて、捧げられた洞窟の製品に満足してくれたならば、洞窟の設計図、つまり洞窟遺伝子はコピーされ、またどこかで再生されることになる。これが生命洞窟の進化の過程であり、人工知性にとっての宗教といえるものでもあった。生命洞窟にとってはグレート・ロードは神であり、正しく捧げ物をすれば、来世への生まれ変わりを約束してくれる存在なのだ。
 生命洞窟の真髄とでも言える、電子情報すらもその中に存在しないとすれば、この生命洞窟は何らかの事故で突然死を迎えたとしか思えなかった。しかしいったい何が、これほど頑丈な機械生命体を殺すことができるのだろう。わたしの頭の中を占めていたのは、その思いだけだった。
 無情な時の流れはこの世に存在する全てを滅ぼすことができる。
 グレート・ロード時代の兵器にも、生命洞窟を破壊するだけの力はある。だがそれ以外では、生命洞窟はただ身体を縮めるという簡単な行動だけで、すべてをやり過ごすことができる。今の人間の技術では、生命洞窟をこんな形で殺すのは、まったくの不可能事といってもよい。
 わたしたちはこの異様な状況の中を、黙々と地下深くへと目掛けて降りていった。何だか墓場そのものの中に足を踏みいれたような感じだったが、それでも歩みは緩めなかった。緩めたとしても、何がどうなるわけでもなかったから。
 やがて魔術師のイーニックが、この洞窟は変だ、と言い始めた。
 それに答えたのはわたしだったな。
 変なのは判り切っている、いまさら改めて言い直さなくても、それぐらい知っていると。

 ちょっとばかり、きつい言い方だったのは認める。だけどイーニックは人をいらいらさせることがうまかったんだ。そのときのイーニックが、自分のアルコール禁断症状の苦しみの一部でも他人に味わわせてやりたいと思っていたのかどうかはしらない。でも、絶望の重みが与える苦しみは、わたしたちも存分に味わっていたんだから、わたしのそっけない反応も仕方がなかったなとは、今でも思っているよ。
 イーニックは腕を振り、言葉を探し、そうしてようやくのことに、自分が言いたいことをわたしたちに伝えた。生体融合演算器を一度でも使った人間は、他人とのコミュニケーションには難が生じる。言葉というものは、頭蓋骨の中ではじけ踊る強烈な思考そのものを伝達するには余りにも遅すぎるのだ。
 興奮した彼の早口言葉をなんとか聞きとって要約するとこうなった。イーニックの主張は、ここの洞窟の壁には金属不足で死んだ洞窟に見られるはずの、壁のしわが見えないということだったんだ。

 そう、壁のしわだよ。ついでに言うならば、健康な生命洞窟の壁は実にきれいで、しわなんか一つもない。一方で、歳をとった生命洞窟の壁は無数のしわに覆われている。
 はははは。そうじゃない。生命洞窟は巨大金属ミミズの形をしたロボット工場だ。人間の顔のしわと同じものができるわけじゃない。
 問題はな、飢餓なんだ。洞窟の命の糧である金属の不足。金属鉱脈の枯渇なんだ。
 どれだけ豊富な金属鉱脈といえどもいつかは尽きる。そうなれば、さあ困った立場におかれるのは生命洞窟だ。他の場所に引っ越すにはすでに巨大に成長しすぎており、しかも大地のなかにしっかりと根をはってしまっている。貯えていた金属もどんどん消耗してゆくし、このままじゃやがて金属不足で死ぬことになる。
 生命洞窟にも自己保存本能はある。そうとも。やつらも生き延びようと必死なんだ。
 そうなると取るべき手段は一つ。手持ちのすべての金属を集めて、さらなる鉱脈の探索へと乗り出すわけだ。
 もし地面のなかを見通すことができるならば、それはさも壮大な光景となるだろうな。先わかれした洞窟の先端で、いくつものドリルが岩盤の中へと潜りこむ。圧縮金属の刃が、堅い岩盤をまるでチーズのように切り裂いてゆく。

 ああ、チーズで思いだした。君はチーズは好きかね?
 ちょうど、マスカル・チーズの良いものがはいったのでね。シェフに出すように言っておこう。

 さて、どこまで話したかな?
 ああ、ドリルだ。ドリルだとも。回転する金属の歯車。鋭い刺、そして抗しがたいその膂力。それは岩盤をチーズのように引き裂き、地底のさらなる深みへと切り込んでゆく。しかし、それは同時に岩盤の行う穏やかな抵抗でもある。ドリルの歯は岩盤との戦いで磨耗し、そしてついには、砕け散ってしまうのだ。岩盤には穴があき、ドリルは摺りへって消え去る。これは力と力のぶつかりあいであり、究極の消耗戦なのだ。
 さあ、最初のドリルが消滅すると、生命洞窟は次のドリルを作りだす。そうして生命洞窟はただひたすらに突き進んでゆく。貯えておいた金属は消費され、そして最後には自分の身体に手をつける。
 そう。そうだとも。自分の身体を食うのだ。生命洞窟は。壁を切り開き、最低限、生存に必要な機械を残して、残りの機械を取りだして融かす。そうして手に入れた貴重な金属スラッグで、またドリルを作りだす。
 自分を食い尽くすのが先か、次の金属鉱脈に行き当たるのが先か。それは生死を賭けた、生命洞窟のおそるべきゲームなのだ。
 そうやって、自分の身体を切り開いてはつなぎ、切り開いてはつなぎを繰りかえしてできるのが、洞窟の壁のしわ、とまあそういうわけだ。この洞窟が金属不足で死にかけているのならば、当然ながら、その壁はしわだらけじゃないといけない理屈になる。しわが無いならば飢餓ではない。

 ではいったい何が、この洞窟を殺したのか?
 その正体不明の洞窟殺害者は、わたしたちにも危険な存在なのか?
 イーニックはそれをなんとか見つけだそうとしていたんだ。

 まったくもって、イーニックは不思議な男だったよ。アルコールの禁断症状で彼の手は震え続けていたのに、それでも彼の頭の働きがまったく鈍っていないのは、驚異だった。相当な苦痛のはずだったが、それでも考えることをやめようともしなかった。僧侶のマリアは彼の横でイーニックの垢だらけの身体を支えていたが、彼女はちっとも嫌な顔をしなかったな。
 戦士のダリュアは、イーニックの説明が気に食わなかったらしい。彼の説明を鵜呑みにするならば、いままでに見たこともない状況にわたしたちは置かれている、と結論できる。つまりいままでに見たこともない危険にいきなり巻きこまれる、という可能性があるということだ。腰にぶら下げた袋の中から、追加の小石を出すと、開いていた左手の中に握りこんだ。
 おっと、石投げの技と馬鹿にしてはいけない。飢えた野犬程度の敵ならば、彼は石つぶての一撃で即死させることができるのだから。その点では私たちは誰も心配していなかったよ。
 嫌な予感を抱えながら、それでもわたしたちは洞窟の奥へと進んだ。何度も不安定ででこぼこだらけの地面に足を取られたが、足取り自体はゆるめなかった。もしかしたらこの生命洞窟は、己が死ぬ前に最後の力を振り絞って、素晴らしい贈り物を作りだしてくれたのではなかろうかと、そんな甘い夢を抱いていた。もちろんそれはグレート・ロードへの贈り物だが、死者よりも生者を優先するのが、当然の理というものだ。
 わたしたちはまだ諦めてはいなかった。今まで多くの遺跡のなかで、どれだけの数の墓荒らしが、わたしたちと同じ思いを抱いたのだろうか?

 さてと、食後に葉巻はいかがかね?
 最高級とは言わないが、わたしはこの銘柄が好きなんだ。なに、君は吸わないのかね。それは残念だ。では少しばかり気はひけるが、わたしだけでもこの悪徳にひたらせてもらうよ。こいつはいまの会社を起こした後でやるようになったんだ。良い習慣とは言えないが、それでも自分が金持ちになったことを実感させてくれる代物だ。
 君は、そうだな、ワインをもっとやりたまえ。おおっと、ただし、帰るときに足元がふらつかない程度にしておきたまえ。酒に寄って帰りの道を踏み外せば、二日酔いではすまない結果になる。道の周囲に埋めてある地雷は、決してただの飾りじゃないのだからね。

 ああ、では話を続けよう。わたしたちは洞窟を降り続けた。どこまでも、深くへと。

 深く。深くへだ。どの部屋も荒れており、無数の錆に塗れていた。わたしたちが持ちこんだ松明の明かりだけではよくは見えなかったが、それでも半分塵へと変わりかけている機械の類が見て取れた。
 作業ロボットの残骸。天井の破れ目から垂れ下がった光ケーブル。何かの事故で破壊され、そのまま放置された遮蔽扉。それらすべてが死の色に染まっていた。
 わたしたちの心を満たしていたのは絶望、そのものだ。もはやダリュアでさえも、楽観論を口にしようとはしなかった。一つドアが開くたびに新たな絶望が生れ、それと引き換えに希望が失われた。洞窟は狭くなり、あるところでは急に折れ曲がった。急なカーブは洞窟の先端が鉱脈を追った結果に生れる。鉱脈がまさに消え入らんとするとき、こういったカーブが生れるのだ。
 長い距離をわたしたちは下った。果たしてこの先に何があるのか、だいたいの予想がついていた。わたしに取って唯一の問題は、すべてのカードが明らかにされた後に、上に、地上に戻るだけの気力が残るだろうかということだった。恐らくわたしは、この洞窟の奥深い先端、もっとも地獄に近い場所で死ぬのだろうなとと覚悟を決めていた。まあ、その当時、ひそかに片思いしていたマリアとともに死ぬのならば、それも悪くはないなと、ぼんやりと考えたことを覚えている。
 そしてついに、わたしたちは洞窟の一番奥、つまり洞窟の使うすべてのエネルギーを産み出している素粒子融合コアの部屋へとついた。ここより先は、岩盤を掘削する巨大なエンジンと、人間は立ち入れない複雑な機械知性の神経接合部になっている。どうして、この部屋を目指したかと言うと、生命洞窟が産み出す貴重品のたぐいは、この最も厳重に封鎖された部屋に保存されていることが多いからなんだ。守らねばならぬものはすべて一ヶ所に集め、その代りに十分な護衛をつける。これが機械知性なりの合理主義とでも言うべきものなのだ。人間ならば自分の大事なものを隠すのにこんな方法は取らない。人間は機械知性よりも、はるかに高度な戦略をとるからな。擬態、欺瞞、そして罠。長い長い弱肉強食の世界での経験が、人間を機械知性よりも複雑な存在に鍛え上げたのだ。
 驚いたことに、まだ生きていたよ。洞窟の力の源、素粒子融合コアは。
 そいつは、岩盤から抽出した揮発性物質をもとにして、弱々しくも、低温プラズマ反応と素粒子変換による原子の炎を灯していた。本来なら青く輝くはずの融合コアの宝石は、魔術師のイーニックでさえも見たことがない無気味なオレンジ色の炎に揺らめいていた。それが融合コアの爆発の前兆なのか、それともエネルギーの衰退から消散につながるプロセスなのか、誰にも判断はできなかった。ただわたしには、周囲の壁におちるオレンジの炎の影が、まるで生命洞窟の最後のあがきのように思えたものだ。そこにあったのは、まさに衰弱の果てに消え去らんとしているものの、声なき悲鳴だった。
 そしてそれはまた、わたしたちへの死刑宣告でもあった。衰弱死しようとしている生命洞窟が、いったいどんな製品を産み出せるのだろうか?
 ここにあるのは、死であり、そしてまた埋めようのない不毛でもあった。
 突然、戦士のダリュアが声を出して前へつんのめると、僧侶のマリアに抱きついた。彼の両手から小石がこぼれ、一瞬、わたしたちは無防備にそこに立っていた。もっともこの部屋の中にはロボットの番人はおらず、危険の兆候さえなかったが。
 ダリュアは体勢を立てなおすと、あわてて周囲を見回し、パワーローダーが襲いかかってきていないことを確認した。マリアが彼につかまれた際に乱れた服をなおすと、軽い非難のまなざしでダリュアを見た。わたしはこの彼の行為に対して口汚くわめいてしまった。
 わたしは見ての通りに風采の上がらぬ男だし、それ以上に腕力ときたらからきし駄目だ。一方、ダリュアときたら男前で陽気で、しかも筋肉質の戦士だった。喧嘩となればわたしに分がないのは明らかで、言い換えれば、わたしはいつも、彼の腕に盛り上がる力こぶを恐れていた。
 だがまあ、どの道こうなってしまったからには、わたしたちに残されたのは餓死という運命だけだったから、なかばやけくそな気分になってわたしは彼の非を攻めたてた。彼がマリアに抱きついたことを抗議し、礼儀の問題を持ち出して、マリアに対して謝るように要求した。
 ダリュアはその大きな拳でわたしを殴りつけることもできたし、わたしの手をねじり上げて床に押さえつけることもできた。そうする代りに彼は、彼女に丁寧に謝ると、自分の足下に散らばった投石用の小石を拾い集めにかかった。それらの小石はダリュアが注意深く集め、大きさがどれも同じになるように磨き上げたものだ。彼はわたしを痛めつけるかわりに、友人たちの安全を考慮するほうを選んだのだ。
 わたしと同じように絶望に心を蝕まれていたダリュアが、どうしてわたしにその心の中の怒りをぶつけなかったのかは判らない。ただ彼が、どん底に落ちたその瞬間に、自分を抑えることのできる人物であったのは確かだ。真実を述べるならば、今のわたしの成功はそういう彼を見習ったからでもある。
 ダリュアがあっさりと引いてしまったので、そのときのわたしは、少しばかり恥ずかしく感じたとだけ言っておこう。それで薄暗いなかで黙々と石を拾っていた彼を手伝うつもりで、わたしは足下にあった物をつまみ上げた。それはわたしの手のなかで、ぬるりと身をくねらせると、逃れようとはげしく身体を震わせた。
 驚いたね。
 あれほど驚いたことは、後にも先にもなかったろう。
 わたしは悲鳴を上げると、そいつを放り投げ、それから何がダリュアの足を滑らせたのかに気づいた。イーニックの手から松明をひったくると、それを自分の足下に向け、もう一度だけ、大きな悲鳴を上げた。
 動いていたんだ。そいつらは。うねうねと。洞窟の床一杯に。わたしたちがあてた松明のもたらす光か、それとも熱に驚いたのか、いままで見せていた擬態をといて、一斉に床が動き始めていた。一瞬のうちに、堅い大地から海の上に移動したかのように、わたしたちの周囲でざわざわと波が踊った。
 振り返ってみれば、この部屋に来るまでの洞窟のどこにでも、こいつらは横たわっていたのだ。ただあまりにも洞窟の中は暗く、また一種の擬死とでも言える状態に滑りこんでいたので、わたしたちはまったく気づかなかったのだ。
 だが、このことで一番驚いたのは、それが生物ではなかったということだ。突然変異種の蛇でも、ミミズでもない。洞窟の床の、辺り一面を覆っているのは、まるで蛇のようにのたくる螺旋の形状をした金属だった。そいつはくねくねと生き物のように動く、錆びてねじれた大きな釘だったんだ。

 最初の驚きと混乱の一瞬が去ってみると、わたしたちは誰も襲われていないことに気がついた。痛みに悲鳴を上げる者もいなければ、身体をくねらせて動く大釘に全身を覆われた者もいなかった。錆びた大釘たちは、ただ我々の周囲でうごめいているだけだった。
 危険がないと見たのか、魔術師のイーニックがそいつをつまみあげた。一つ長い口笛を吹くと、目を丸くしてあいつは言ったね。こいつは洞窟の悪夢「錆びた釘」と呼ばれるものだと。それから一言だけ付け加えた。こんな巨大なものは今までに見たことがないと。
 実演してくれたよ。イーニックは。
 そのまるで生きているように身体をくねらせる螺旋の釘を、イーニックが洞窟の壁に押し付けると、釘は壁の中へと身を押しこみ、たちまちにしてその奥深くへと、くるくると螺旋の動きをなぞりながら消え去った。
 これがどれだけ凄いことか想像もつかないだろうな。
 洞窟の壁を構成する合成樹脂は、いまの我々が使用できる技術では破壊不可能なんだ。それを曲がりなりにも切断できるのは、洞窟修理型のパワーローダーだけが持つプラズマ切断トーチで、しかもそれは決して人間の手には入らない代物なんだ。
 どうしてかって?
 彼らの道具はパワーローダーから切り離すと、自壊するように作られているからだよ。安全のための特別措置ってやつだ。グレート・ロードは人間を遥かに越える権力を持ってはいたがひどく愚かであった。しかし彼らのハイテク奴隷たちは意思を持たず、その代りに賢かった。誰にもグレート・ロードに対抗できる力を与えるな。これが彼らの考えた規則であり、現在に生きるわたしたちを悩ませている主たる原因でもある。
 プラズマ切断トーチを構成するプラズマ収束コイルには、高温超伝導物質のハフニカンが必要だ。そしてハフニカンは超重融合炉がなければ合成できない。あるいは生命洞窟が持っているような素粒子融合コアだな。どちらを作るにしても、今では手に入らない大量の金属と、失われた高度な工学技術を必要とする。
 こういう事情がなければ、政府はすべての生命洞窟の解体を命じていただろう。
 生命洞窟の壁の背後に存在している、洞窟の生命を維持している機械群。それこそが真の宝とでも言うべきものだ。その機械の金属を手に入れれば、政府は宇宙船を一隻建造できる。そうすれば小惑星帯まで飛んで、そこにある無尽蔵の金属資源を手に入れることができる。

 わかるかね?

 金属さえあれば、わたしたちは再び、往時の文明を再興できる。だが、今のわたしたちには知識はあるが、金属資源がない。すべての金属資源はグレート・ロード達が食い尽くしてしまった。

 話を戻そう。
 「錆びた釘」はその破壊不可能なはずの洞窟の壁の中へと潜りこんだわけだから、それがただの金属でないのは明らかだ。おそらくはその先端に、位相変移場を産み出す帯磁変成金属粒子が配置されているのに間違いない。
 これも魔術師イーニックの言葉の受け売りだがね。
 結果として、「錆びた釘」はどんな硬い物の中にも、するりと潜りこんでしまうことができる。その表面は、決められた方向に進むときは無摩擦になるのだよ。
 大釘が壁に潜りこむのを見ていて、少しばかり気分が悪くなったと白状しよう。床の上でうごめく、あの釘の群れの中に足を滑らせて倒れこんだら、わたしはいったいどうなったのだろうか、とね。釘はするりとわたしの中に潜りこみ、そしてそこに刺さったままとなる。とても嫌な想像だ。抜くためには大掛かりな外科手術が必要となるな。
 戦士のダリュアが、壁にほとんど完全に潜りこみかけている釘を、その指先でつかんだ。それから彼は渾身の力をこめてそれを引き抜こうとしたが、釘はびくともしなかった。どうやらこの釘は前には滑っても、後ろには滑らないらしい。わたしはそう判断した。釘が壁の中に完全に潜りこむとすぐに、釘が壁に開けた小さな穴は塞がってしまった。プラズマ切断トーチとは違って、この釘は壁の持つ自己修復機能を傷つけないようだったな。
 魔術師のイーニックは、こいつを大学の知識ポッドの中で見たことがあったらしい。実物を見たのは初めてだと彼は言っていたが、わたしは気にしなかった。グレート・ロードの残した知識カプセルの情報に間違いはあり得ない。イーニックが大釘には危険がないと見ているのならば、実際に危険はないのだ。
 しばらくしてから、わたしたちが見ている前で、釘が潜りこんだ壁がわずかに膨らみ、そしてその膨らみの中から、何本もの新しく、しかもすでに錆びている釘が吐き出されて来た。それはまるで生物の出産風景を見ているようだったな。

 そう、そうだとも。わかったようだな。そうとも。

 この釘は生命洞窟に寄生する金属生命なんだ。おそらくは、グレート・ロードが滅んだ超古代戦で使用された兵器の一つ。グレートロードの力の源である工場洞窟群を壊滅させる目的で開発されたものだ。
 「錆びた釘」は生命洞窟に潜りこむと、洞窟自体の生産機能を利用して自分自身を再生産する。そうして増えた釘は再び洞窟の壁へと取りつく。最終的に生命洞窟自体が疲弊して果てるまで、それが繰り返されるんだ。釘の表面が錆びているのもむしろ当然だ。これはスクラップの振りをして回収部品の中にまぎれこみ、貪欲に金属資源を求める生命洞窟の奥深くへと侵入していく。生命洞窟は地下の岩盤から金属資源のほとんどを手に入れているが、ときたま地上にパワーローダーを送りこんで、リサイクル処理も行うのだ。
 ここに来るまでにわたしたちが見た、あの朽ち果てたパワーローダーがそのなれの果てだったのかもしれない。あのロボットの全身に開いていた穴は、釘生命が侵入した跡なのだ。パワーローダーには再生機能がないから、釘生命に取って増殖は無理でも、パワーローダーの息の根を止めるのには十分だったのだろう。
 わたしたちの見ている前で、わたしの膝までの高さはある、何かペンチを思わせる化け物のような機械が、洞窟の奥からよたよたと走ってきたのには、またもや驚いてしまった。それはこの死にかけた生命洞窟の中で見た、唯一の生きているパワーローダーであったし、今までにそんな形のロボットを見たことがなかったからでもあるな。
 戦士のダリュアは一応は身構えたが、パワーローダーの方はわたしたちを無視した。そいつは壁の前まで走って来ると、壁に再び潜りこもうとしている釘生命の一本をペンチの先でつかんだ。それからモーターの駆動音であるうなり声を上げると、全力で釘を引っ張った。
 それでどうなったかというと、どうにもならなかったんだ。壁から抜き取るには大き過ぎたんだ。釘の方が。
 パワーローダーはしばらくの間、釘を引き抜こうとしていたが、釘はそれにお構いなしに壁に潜りこみ、そして消えた。パワーローダーは釘が消えた壁の前でしばらく待機していたが、やがて根負けすると、別の釘生命を探して、壁伝いに走り去ってしまった。最初から最後まで、わたしたちを無視しっぱなしだったよ。おそらくそいつは、人間を探知するようには作られていなかったのだろう。

 だがまあこれで、ここで何が起こったのかは、わたしたちにはだいたい判った。
 ペンチロボットが釘生命を引き抜き、釘生命はペンチロボットを避けて壁に潜りこむ。その結果は淘汰圧力による機械の進化だ。もともとが釘生命というものは、知性を持った生命洞窟を標的として作られた兵器なのだから、簡単に駆除されないように突然変異因子が組みこんであったのだろう。対釘侵入用のペンチロボットが役に立たない形へと、釘生命自体は進化し続けていたことになる。釘生命の巨大化の利点は明白だ。ペンチロボットは巨大釘には歯がたたない。こうして洞窟の持つ防壁を突破した巨大釘は、心ゆくまで洞窟を食い物としたのだ。
 進化速度の遅い生命洞窟には、進化速度の速い釘生命は防げない。こうしてまた、生命工学の原則の一つが実証されたのだ。
 洞窟の暗さゆえに気づかなかったが、この洞窟の壁のあらゆる部分に釘生命が食らいついていたんだ。釘生命という名の無数の寄生虫が、この洞窟を食い物にしていた。
 我々より先に、我々より遥かに貪欲なものたちが、この生命洞窟を食い殺していた。

 洞窟が死んだ理由を知ると、わたし達は黙ってそこを出た。
 そして街へ帰ると金持ちになったんだ。


 さあさあ、どうしたね。もうデザートは十分かね?
 残念だ。まだたくさんあるのに。
 何?
 どうしたって?
 わたしたちが何を見つけて金を稼いだのかって?
 簡単だよ。答えはわたしたちの足元に転がっていたんだ。

 僧侶のマリアが最初にそのアイデアを思い付いた。戦士のダリュアが、生命洞窟から釘生命を一山運んで来た。続いて魔術師のイーニックが、釘生命を不活性化する方法とピカピカに表面を磨き上げる方法を見つけ出した。
 あらゆる物にするりと潜りこむという、もとの特性を残したままで、釘生命自体の生命を殺したということだ。強い磁場にかけると、釘生命は一定の方向へ整列する性質がある。その結果はつるまきバネを思わせる見事な螺旋状の金属棒だ。強度は非常に高く、しかもある特定の方向にはまったくの無摩擦で滑りこむ。
 当時はまだ、ギル戦争の余波で各地に小競合いが続いている時代だった。兵器を作るには大量の金属が必要だったし、それ以上にこの螺旋釘は役に立った。調整した釘は潜りこむ対象を選ばなくなる。それが生命洞窟の壁であろうと、強化プラスチックの鎧を着た人体であろうと。そしてこの釘が一度でも人体に潜りこめば、外科手術をしない限りは取り除けない。身体の表面に大穴を開けても良いというならば別だがね。
 いや、勘違いしないで貰いたいな。これは一般に使われている投石器に比べても、きわめて人道的な兵器なんだ。螺旋釘は致命傷になるほど深くは潜りこまないし、かといってこれをつけたまま気楽に動き回れるほど浅い傷は作らない。どんなに丈夫な鎧を着ていたとしても、螺旋釘は防げない。おまけに適度な回転を与えれば、建物の壁を見事に貫通させることさえできる。銃の弾丸の代りにこれを使えば、何者も抵抗はできない。螺旋釘を弾丸代りに使われれば、敵軍は戦没者名簿に載るはずだった死者たちの代りに、痛みにうめき声をあげる大量の負傷者を抱えることになる。そうなればもう敵軍には、降伏する以外に道はない。
 十分に成功の見こみがあると思えば、大不況の最中でも出資しようという人間は多い。わたしはそうやって集めた金を使って、この死んだ洞窟の権利を安く買い取り、この会社を興し、そして最後にみんなは幸せになったわけだ。こうしてね。

 ああ、楽しい昔話だった。そして素晴らしい夕食だった。
 君は我が社のコルク抜きを持っているかね?
 どんなコルクの中にもするりと潜りこみ、実に奇麗にコルクが抜ける。ワインの滴る素晴らしい螺旋のねじれが光を反射している光景は、まさに芸術品を思わせるものだと言ってもよいだろう。おまけにこいつは他の洞窟では生産していない、我が社のみのオリジナルだ。戦争が終わったあとの、技術の平和転用のよい見本というものさ。

 何、持っていないって?
 それはいけない、帰りに一つ進呈しよう。我が社のコルク抜きは、それはそれは優れた製品だからね。