渡る世間は銘板

渡る世間は 予約

 夜空を背景に桜の花びらが舞っていた。
 左右に石垣、仰向いた頭の先に小さなコンクリの橋。体の下を流れる水。そして動かぬ体。
 強烈な恐怖と共に、自分ば死ぬんだなと理解した。

 そこで夢から覚めた。
 心臓をばくばくさせて、たったいま見た光景を思い返す。
 これまでもたまに予知夢は見た。いずれも大したことのない風景だが、未来のどこかで見ることになると今までの経験から知っていたので、こういうときは何度も頭の中で反芻して記憶に焼き付けるようにしている。
 それにしても今回のは強烈だった。
 死の予告。恐らくあの小さな橋の上で車に撥ねられるかなにかして水路に落ちるのだ。そして死ぬ。


 ある日、通勤の途中にその橋を見かけた。左右に伸びる桜並木、石垣。その水路に降りたらあの日見た光景が確認できただろう。
 衝撃だった。体の中を冷たい嫌なものが駆け抜ける。その日から通勤経路を変えるようにした。夜と桜の季節は特に。

 やがて会社を辞め、神奈川県から広島県に帰る日がやってきた。
 今回の予知夢は外れたなと胸をなでおろした。

 半年色々なことをしてから再就職した。就職先は神奈川県相模原市。元の場所からはかなり遠いので特に気にはしなかった。
 さらに半年後、バブル崩壊の余波を受けその会社は潰れ新しい会社に移った。少しだけ、例の場所に近づいた。
 続く一年、日本は激動の年となり多くの会社が潰れた。新しい会社も例外ではなく他の会社に吸収された。
 例の場所のすぐ近くだ。
 呼ばれている。そう感じた。ここが君の場所だよ、と。
 極力、そちら方面にはでかけないようにした。行くときは大きく迂回する。
 そしてさらに色々あり、一人で企業した後で、他の地へと移り住んだ。
 これで今度こそ大丈夫。


 だがそれでも例の地の近くには古くからの友達が住んでいて、どうしてもたまに遊びに行くことになる。
 まだあそこには私の予約が入ったままなのだろうか?