ただ一人怪異銘板

ただ一人 ご飯の時間

 ご飯の中の髪の毛が歯に絡んだ。
 なんだか最近よくご飯のときに髪の毛が絡む。よくよく思い出してみると、変だ。記憶では十回ぐらい続いているぞ。これ。
 もともとが長髪なので、長い髪が出て来てもおかしくはないが、こうも連続するのはさすがにおかしい。使っているのは無洗米だ。炊飯釜に米を三合入れ、水を入れ、そのままIH炊飯釜にセットして、蓋を閉める。その過程で毎回髪がお釜に入るものなのか?
 もしそうなら、一年後には見事なスキンヘッドの出来上がりだ。

 そう言えば、このマンションはどこかおかしい。

 引っ越してから最初に届いたのは、化粧品の会員へのダイレクトメールだ。住所は合っているから前の住人へのものだ。宛先名間違いの付箋を貼ってポストに投げ込んだ。
 次に届いたのは別の名前の医療保険料金未納に関する督促状。
 ああ、同棲していたのだな、と思った。
 その次には、また別の宛名のハガキ。これも付箋をつけてポストに投函。
 そして四通目の別名の宛名が来るに及んでは、さすがに疑う。
 マンションの他の階はペット飼育をしている様子は無いのに、この部屋だけペット飼育可となっている。
 夜中に天井から足音がする。ここは最上階で、しかも屋上は三角屋根のタイプで人は上がれない。そもそも天井裏はロフト収納になっていて、私以外は入れない。
 炊飯器を置いている辺りは、夜になると小さなラップ音がしつこくする。

 いずれも一つ一つは大したことの無い話だが、全部重ねると嫌な想像が走る。
 ここには何かが棲みついている。

 オカルト現象と言うものは徐々にエスカレートする。これを私は「道がつく」と呼んでいる。最初は小さな音から始まり、人の意識が向くほどに奇妙な現象が起きるようになる。
 この辺りは、日本のお隣の国々がやっている行為と変わらない。最初は小さく突き、相手がなあなあで済ますと好い気になってエスカレートする。最後はどっかと他国の領土に居座りを始める。
 大事なのは、まだ最初の内に強く押し返すこと。
 今やられているこれは、西洋の黒魔術では「代理人」と呼ばれている魔術そのものだ。人体の一部を相手に食べさせて、大きな道を作る。この術で面白いのは、食べさせられた場合は術をかけられ、自ら食べた場合は術を破ることになる事だが、今それを試す気にはなれない。少なくとも私は、髪の毛を美味しいとは思わない。

 また、歯に髪の毛が絡んだ。
 流石にキレた。私の人生は詰まらないことで満ちている。我慢我慢の連続の中で、食事は大事な楽しみだ。それを邪魔するのが何ものだろうと許せない。食い物の恨みは怖いのだ。
 一言、一言、怒りを込めてつぶやく。
「オレは、人の髪、なんか、食べたく、ない。今度やったら、ひどい目に、遭わす」

 それ以来、ご飯に髪が入っていることは無くなった。