SF短編銘板

勇者の行い

 最初にやられたのは西の畑だった。村の中が騒然としている間に、北の畑でも足跡が見つかった。長老達の中に、その足跡を知っているものがいた。
 これはファムカの足跡じゃ、間違い無い、そう長老は言い、村人の中に安堵が広がった。
 一睨みで人を灰と化すファボット、口より恐るべき火を吐くブレカ、人を捕まえては巣の中に引きずりこんで餓死させるパトロ。もし、これらの魔物だったならば、ただちに村を捨てることになっただろう。それに比べれば、ファムカは自分からは人を襲うことがない。せいぜいが畑を荒すぐらいだ。
 とは言え、何か手を打たねば被害は広がるばかりである。そこで長老達は協議の末に村の青年の一人であるピボットを森の魔法使いの所に送ることにした。

 森の魔法使いの家は北の森の奥深くにある。居場所は明確だし、決して悪いことをしたとは聞かぬが、多くの村の者達は北の森へ足を踏み入れるのを恐れている。たまに村の中で悪性の病気が流行ると、助けを求めに村人が派遣されるぐらいだ。大概、派遣されるのは、村から居無くなっても良いと思われる者だ。ピボットはそのように見られている一人だった。
 辛うじて道はついているとはいえ、魔法使いのところへ行くのは簡単なことでは無かった。森の木は群生し、どこの森にも見られる焼け跡がまったくなかった。これほど広大なのに、魔法使いの森にはブレカどころかファボットも表れたことが無いという事実が魔法使いの力を表していた。
 森の木々はどことなく奇妙で、また見た事のないものが多かった。色鮮やかな果実が成っていて、甘い香りがした。魔法使いの森だと知らねば思わず一つもぎ取って食べてしまっていただろう。
 やがて森が尽きると、そこには豊かな畑が広がっていた。どれも立派な作物でしかも見た事がない種類だった。虫がほとんど飛んでいないことにピボットは気づいた。
 害虫除けの魔法だろうか。そうに違いない。
 その奇妙さを更に後押しするかの様に魔法使いの家はピボットの目には奇妙に映った。半球形をした落ち着いた茶色の家だ。表面がすべすべした不思議な材料で作られている以外は、余りにも村人達の作る墓に似ていたので、ピボットは魔法使いは大きな墓の中に住んでいるのかと恐れた。

 しかし、魔法使いはにこやかな笑みを浮かべた普通の人に見えた。
「やあ、いらっしゃい。ピボット君だね?
 南の村でファムカが出た様だが。その事かね?」
 魔法使いは尋ねた。答えはすでに知っていたのだが。
「ええ、ええ、そうです。ファムカ退治をお願いできるでしょうか」
 魔法使いの思わぬ態度に安堵してピボットが尋ねる。魔法使いが問題をすでに知っていたとは驚きだ。だがむしろ魔法使いならば当然かもしれない。
「実は今非常に忙しくてね」と魔法使い。
「え?」ピボットの背中を汗が流れた。非常に厭な予感がした。
「道具を貸すから、君が退治したまえ」
 魔法使いはとんでもないことを言いだした。


 夜の畑で待つことしばし、ついにピボットは怪物ファムカに出会った。ずんぐりした固そうな身体。それはピボットの何倍もの大きさがある。恐ろしいのは顔の両側に広がっている大きな目だ。ファムカの目は強烈な光を吹き出してギラギラと燃えていた。ピボットの膝はガクガクと震えた。いつその大きな口が開いてピボットを襲うのだろう。恐怖がピボットを満たした。

 魔法使いはこう言っていた。
『まず、第一にファムカの動きを止めること。そのためにはファムカの前に飛び出すのが一番良い。原則としてファムカは人を襲わない』

 魔法使いの言葉を信じて、ピボットは盾を持ってファムカの前に飛び出した。ファムカがピボットの姿を認めると、土を跳ね飛ばしながら間一髪の所で止まり、ピボットが今まで聞いたことのない甲高い吠え声をあげた。声は大きく夜の中に木霊した。

『次にこの紋章のついた盾を見せること。それでファムカの動きは封じられる』

 ピボットは盾を大きくあげた。ピボットがほっとしたことに、ファムカの吠え声がピタリと止まり、目の光が弱まった。魔法使いの魔法はうまく働いたようだ。

『最後にファムカの額にこの呪文を描いた札を貼ること。これでファムカは生まれた巣へ帰るだろう』

 魔法使いは気前良く何枚もの呪札を作ってくれた。ピボットが1枚目の呪札を貼ると、ファムカは身震いし、ピボットが2枚目の呪札を貼る前に何処となく走りさってしまった。


 言いつけたことが終われば、魔法の道具を魔法使いに返さないといけない。それなのにピボットは魔法使いの家に帰らなかった。


 二ヵ月後、今度は東の村にファボットが表れた。
 惑星監視システムの急報を受けて魔法使いは現場に急行し、待ち受けていたファボット=ファイティングロボットを軌道衛星からの共役位相レーザーの一撃で片付けた。
 人工知能を搭載した各種のロボットを生産する狂った自動工場の能力は落ちているらしく、ロボットの出現の頻度は減っている。惑星の地下奥深くに隠された無限の生産力を誇る工場も長期に渡る消耗で交換部品が無くなり、寿命が近付いているのだ。
 これらの前文明の遺物が人々の生活に影を落すのもそう長いことでは無かろう。次の惑星監視員の時代には平和が戻るかも知れない。
 魔法使いはそう思った。

 破壊されたファボットの傍らにファボットの対人レーザーにやられたものらしい人影が倒れていた。黒く焦げ内破した顔は判別がつかなかったが、服装と穴の開いた盾に見覚えがあった。
 ピボットだ。
 ファムカ、つまり人工知能搭載のファミリーカーの退治用に渡した盾とお札でファボットも退治しようとしたのだろう。ファボットを倒せば、一躍村の英雄となれる。そんな考えが青年の命を縮めたのだ。大した道具でもないとピボットから回収しなかったのは酷いミスだった。そう考えながら、魔法使いは盾とお札を取り上げた。

 古代語で『侵入禁止』と描かれた三角の標識と、『交通法違反』と書かれた何枚かのお札を。